2009年11月09日

マンハッタン街角、伝統的なユダヤ人とエンパイア




エンパイア



本日は、気分転換にニューヨークの風景。
ユダヤ人の方々は商売上手。
金融や貴金属だけではなく、
様々な分野で活躍している。
弁護士やジャーナリスト、医師も多い。
もう10年以上になるか、
格安カメラ店も好調だなあ…。


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(飯村和彦)

newyork01double at 19:54|PermalinkComments(0) 世界の風景 | ニューヨーク

2009年11月03日

「自由連想」…沢木耕太郎さんの「深夜特急」を読みながら



このことろ、
時間を見つけては沢木さんの本を読み返している。
だいぶ前に書かれたものでも、
読んでいる時代環境や、
そのとき自分の置かれている状況によって、
喚起されるものは当然変わる。
それがとっても興味深く楽しいので、
かつて読んだ本でも
改めて手にすることになる。


飛翔


先日数年ぶりに読み返した「深夜特急」では、
これから↓(下)に抜粋する部分である。
何が楽しいのかといえば、
そこに書かれている内容そのものではなく、
文章を読んで勝手に頭に浮かんでくる景色というのか、
昨今の社会事象に対する想念というのか、
兎も角、
本の内容とは直接関係のない事柄が、
奔放に自分の頭に湧いてくる現象が面白いのだ。

例えばそれは、
現在、泥沼化しているアフガン情勢であり、
俳優や女優の薬物使用問題であり、
国民から「NO!」を突きつけられた自民党政治の醜さであり、
経済格差に喘ぐ限界集落の姿であり、
悲しげな表情で赤いランドセルを背負う少女の姿だった。
そこには明快さも脈絡もない。

このような「深夜特急」の読み方をしては、
沢木さんに申し訳ないかもしれないが、
少なくとも過去に一度は、
沢木さんの見ている風景を思い浮かべながら、
道程を共にするかの勢いで、
真剣に読んだのだから許してもらおう。

では、幾分長くなるが、
沢木さんの「深夜特急」から一部を抜粋させていただきます。
↓の文章から、いったいどんな事象が喚起されるのか、
皆さんも、
思いがけない「思考の自由性」を楽しんでみて下さい。



以下、「深夜特急」より抜粋

「昔、テヘランの北西に
「秘密の花園」と呼ばれる地があったといいます。
11世紀から13世紀にかけて西域を荒らした暗殺者集団、
イスラム教の一派であるイスマイリ派の根拠地がそう呼ばれていたのです。
四千メートル級の山に堅固な城を築いた彼らは、
そこから無数の暗殺者をおくりだしました。
彼はいかにしてその暗殺者を生み出していったのか。
書物によれば、
それは次のような方法だったということです。

教主ハッサンの腹心の男たちが村々を訪ね歩き、
これはという屈強な若者を見つけると、ある薬を飲ませてしまう。
飲まされた若者は幻想の中に浮遊し、我を忘れる。
その隙に、男たちは若者を「秘密の花園」に運び込んでしまうのです。
そこで彼らを待っているのは、地上と隔絶された夢のような生活です。

数日間の官能的な時を過ごした後、
彼らは再び薬を飲まされ、村に送り返されます。
しかし、そこには、以前と変わらぬ貧しい暗い生活があるだけなのです。
「秘密の花園」での数日をしった後では、
その生活の単調さが、
以前にも増して耐え難く感じられるようになります。

そこに再び腹心の男がやってきて、若者にいうのです。
楽園に戻りたかったら教主様の命に服せ、と。
このようにして、多くの若者が、
イスマイリ派に敵対する者を屠るために送り出されていくことになった、
といいます。

暗殺者になることを受け入れた若者は、
出かける直前に薬を与えられてこういわれます。
暗殺に成功したら楽園に連れていってやろう、
万一失敗しても、だから殺されても、
やはり楽園にいけることには変わりないのだ、と。

そしてその薬こそがハシシだったというのです。
西欧の言葉で暗殺者を意味するアサッシンは、
ここから来ていると言われています。」

以上、抜粋(句読点、改行等を一部変更)


どうでしたか?
電子化された文字では読みにくいですね。
自由を求めて、
皆さんも書籍で「深夜特急」を読んで見てください。
思いがけない、
自分なりの発見があるはずです。


(飯村和彦)

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2009年10月02日

「コンビニでタバコ一箱を奪う」という事件記事



これはいったいどういうことなのだろう。
10月2日付けの朝日新聞に、
「コンビニでたばこ奪う、容疑の男を逮捕」
という小さな記事があった。
行にして僅か18行、240文字ほどのものだがとても気になった。

逮捕されたのは26歳の男で、犯行の動機については、
「金が無かったが、たばこが吸いたかった」
と供述しているらしい。
以下、記事の一部(というか大半)を抜粋してみる。

〈…(略)
新宿署によると、容疑者(新聞では本名を記載)は、
午前10時20分ごろ、新宿区歌舞伎町一丁目のコンビニエンスストア
「ローソンベストウェスタン新宿店」で、
女性店員(25)にカッターナイフを突きつけ、
「金が無いから(たばこを)よこせ」と脅し、
店員が差し出したたばこ一箱と、
レジにあったライターを奪って逃げた疑いがある〉

さて、この記事がどうして気になったのか?
まず、最初に感じたのは、
「どうしてこの事件が記事として新聞に載ったのか」ということ。
そして、その理由を、
今盛んに言われている「格差社会」の一端を表すためなのか、
とも推量してみた。
たった一箱のたばこを手に入れるにも
犯罪を犯さなければならない。
そんな状況に置かれている若者もいるのだ…と。

しかし、改めてその短い記事を読み直して、
最初の思いは即座に消えた。

26歳の男がコンビニで、
「金が無いから(たばこを)よこせ」と脅し、
店員が差し出したたばこ一箱と、
レジにあったライターを奪って逃げていく光景を想像すると、
そこには、「格差」などという背景は皆無のように思えた。
これはあくまで「心象」だが、

「ああ、一服してぇー。金ねぇーけど、まあコンビニにあるな…」

というような軽さというか、
無軌道な行動しか思い浮かばない。
浅薄で軽薄。
善悪の判断であるとか、
思慮のなさであるとか、
そんな次元以下の行為のように思えたのだ。

極端な話になるが、
例えばこれが終戦直後の社会状況であったらな心象は当然違う。

1945年10月29日に、戦後第一回の宝くじが発売された。
国家公務員の給与が月最低四十円(1945年末段階)の時代。
一等、十万円(100本)
二等、一万円。
三等、千円。
四等、五十円。
五等、二十円。
副賞にはそれぞれ、純綿のキャラコ(下着のこと)。
そして、外れ券4枚で「たばこ10本」が貰えたという。

それも、宝くじ一枚が10円という、
当時にしてはかなり高額だったことを考えれば、
いかに「たばこ10本」の価値が高かったが伺える。
もしそんな状況下での、
「金が無いから(たばこを)よこせ」であったなら、
(幾分強引な言い回しだが…)理解できなくもない。

それでは、26歳の男がコンビニで奪ったものが、
「たばこ」ではなく「おにぎり」だったらどうなのか。
「金は無かったが、おにぎりが食いたかった」
というのが犯行動機であれば、受ける印象は多分、まったく違う。
もしかすると新聞読者の中には、
「盗んだことは悪いにしても、
おにぎり一個も買えないなんて、可哀想…」
というような感想をもつ人もいるかもしれない。
記事の書かれ方にもよるが、
それは十分考えられることだ。


社内ステッカー


先週だったか、車上生活をしている男が、
「ポリ容器」に入れてあったガソリンを盗んだ、
という事件もあった。
この件では、被害者の対抗策(…というか上手い罠)、
つまり、
「絶対また盗みにくるから、容器に水を入れて待っていた」
という作戦が見事にあたり、
犯人は、ガソリンタンクに盗んだ「水」を入れ、
車がエンストしたところで取り押さえられた。

この容疑者の年齢は忘れたが、
その犯行行為を想像すると、
犯行に至るまでの男の生活であるとか、
あたりに気を配りながら、
ポリ容器から自分の車にガソリンを注ぎ込んでいる表情などが思い浮かぶ。
それは、空虚で浅はかな「たばこ強奪」の男とは明らかに異質のものだ。

周到のようだが、どこか間抜けな生活苦で疲弊した男。
もし、そこまで思いを巡らす読者がいたとすると、
ごく小さな記事でも、
事実を伝える以外に、
正誤とは別の“心象”として、
「何かを訴えた(…または訴えてしまった)」ことになる。

読者は、良くも悪くも記事を読んで「勝手に想像」する。
当然ながら、ひとりひとり想像は同じではない。
考え方も違う。
行動様式も違う。
主義も異なれば、生活環境も違う。

従って、
事実(とされること)を「たった18行」で伝えただけでも、
その記事のもつ意味は計り知れない、ということになる。
だから、
伝える側は何をどう伝えるかを注意深く吟味する必要があるし、
読者も、書き手(…というかその記事を載せた報道機関)の意図を、
自分なりに考えることが大切になる。

「事実(とされること)」は、伝えられる内容だけでなく、
新聞なら新聞が、
どうしてその事実を「伝えるべきもの」として「選択」したのか。

一面に載るような大きなニュースではない、
ごく小さな記事を理解する場合、
少し砕けた表現でいえば「楽しむ」ためには、
特にそんな読み方が大事になる。
だから、
たった数行の記事でも、ないがしろにはできない訳だ。


(飯村和彦)

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2009年09月05日

16年前と同じ轍は踏むな!


小沢氏


16年前は、失敗に終わった。

1993年。
自民党を飛び出した小沢氏は、
細川氏を首相に担いで非自民連立政権を樹立。
自民党を野党に追い落とした。
しかし、そんな非自民政権は約10ヶ月で崩壊した。

1993年といえば、
アメリカでは、
「政権の最優先課題は米国経済の国際競争力の強化」
を訴えたクリントンが大統領に就任した年。

クリントンは、政権発足早々、
軍事的安全保障と並んで、
“経済安全保障”という考え方を打ち出し、
金融・経済政策の最高意志決定機関として、
「国家経済会議(NEC)」を創設。

その後アメリカは、
経済の主戦場を政府間交渉(貿易交渉)から
国際金融市場に軸足を移していった。

「面白いことに、第一次クリントン政権では、
それまで常に重要視されてきた、
国家安全保障会議がそれほど重要とはされず、
新設された金融・経済分野を統括する
“国家経済会議”(NEC)が重視されていました」

第一次クリントン政権で国防次官補を務めた
ジョセフ・ナイ氏は、
私たちのインタビューにそう語っていた。

クリントンが冷戦後の国益をかけて、
新たなる経済戦略の体制を整えている頃、
日本の永田町は激震。 
この年の国会は、
「政治改革を最優先課題にする」という
宮沢首相の施政方針演説で(1993年1月)始まったが、
3月には金丸前副総裁による巨額脱税事件が発覚、
国民の政治不信は一気に高まった。

「変革と実行」
を政治スローガンに掲げていた宮沢首相だったが、
選挙制度改革に失敗。
小沢氏ら、党内改革推進派の反逆によって
内閣不信任案が可決(6/18)された。

自民党の分裂。
この瞬間38年間続いた自民党による一党支配、
世にいう 55年体制は崩壊。
そして93年の8月9日。
「責任ある変革」を旗印に、
非自民による細川連立内閣が成立した。

時は、バブル崩壊から2年。
シャンパンで乾杯をする平均年齢59.4歳の細川内閣。
プロンプターを使った記者会見。
ピンクのポロシャツでテニスに汗を流し、
国際会議ではブランドもののマフラーを粋に巻いて見せた。
そんな細川首相の姿は、
なとなくだが新鮮に見えたものだった。

日本の政治も新しい時代に入ったのか…。

このとき国民の多くは、
「新しい可能性」に期待を膨らませ、
日本の若きリーダーの手腕に少なからず賭けた。

事実、
細川とクリントンによる初の日米首脳会談では、
当時、包括経済協議のポイントとしてアメリカが強く求めていた、
(自動車部品等の)輸入量の目標を示す「数値目標」をめぐり決裂。
細川は一連の貿易交渉で、
アメリカに「NO!」を突きつけた、初の首相となった。

「1993年に自民党の一党独裁が終わると、
一瞬でしたが、“もしかしたら日本に、
本当の主権を持つ独立国として、
独自の政治の枠組みが生まれるかも知れない”
という光が見えました」
こう私たちに語ったのは、通産省の研究で知られた、
UCLAのチャーマンズ・ションソン教授だった。

ところが、
新鮮に見えた細川連立政権も、すぐにその脆弱さを露呈。

「腰だめの数字だが…」として、
1994年2月2日深夜の会見で
“国民福祉税7%”という政策を打ち出したが、
猛反発にあって翌日には撤回。
1994年4月、辞任に追い込まれた。

結局、
「改革」を旗印にした細川政権は8ヶ月で崩壊。
細川の後を受けた羽田内閣もわずか2ヶ月で瓦解した。

その後、
自民党主導で社会党の村山氏を首相にした
「自社さ」連立内閣(1994年6月)が発足。
以降、今日まで、
自民党は政権与党の座にしがみついてきた。

この16年間で、
日本の政治は事実上停滞、もしくは悪化した。
そう考える人も少なくないだろう。

「政治改革」に始まって、
「行政改革」
「構造改革」

この間、自民党は、
好んで「改革」という言葉を使用してきた。
しかし、麻生氏が率いた自民党では、
その「改革」の文字さえ、
党のキャッチコピーから消え去った。
つまり、
これらの「改革」が、
「絵に描いた餅」に過ぎなかったことの証左だ。

そして「政権選択」選挙が終わり、
今、民主党が新たな政治を推し進めようとしている。
自分たちにとって、
自分の子供たちの未来にとって、
どんな政治がbetterなのか。
耳に優しい政治家の言葉に惑わされることなく、
本質を見抜く努力を続けよう。


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(飯村和彦)

DO IT! New York Photo

newyork01double at 17:55|PermalinkComments(0) 東京story 

2009年06月15日

村上春樹さんの本「sydney!」



村上春樹さんの新刊、
「1Q84」 が、大変な勢いで増刷を重ねている。
まあ、予想通り。
5年(?)も新刊小説を発表していなかった訳だから…
村上さんの本を残らず(多分)読んでいる自分としては、
読者の心理が分からないでもない。
しかし、だからといって、
一刻も早く「1Q84」を手にしてしたい、
という衝動に駆られる訳でもない。
適当な時期に適宜時間を見つけて、読む。
村上さんの本とは、そんな感じで付き合っている。

さて、
そこできょうは「sydney!」
随分前に村上さんが書いた、シドニーオリンピック観戦記だ。


シドニー


なんでまた今頃ここで「sydney!」なのかといえば、
文中に、コアラについての興味深い記述があったから。
村上さんらしく、実に丁寧に記している。
以下、若干長くなるがその部分を引用させ貰おう。


「どうしてコアラはそんなによく眠るのか?
気になったから本で調べてみましたよ。
まずだいいちにそれはコアラがいつも食べている
ユーカリの葉っぱに問題があるんです。
ユーカリの葉には一種の毒素が含まれています。
虫に食べられないように自衛しているわけなんだけど、
それをコアラはがつがつ食べちゃうから、
どうしても眠くなってしまうわけだ。
そしてまたユーカリの葉には多くの繊維質がふくまれているんだけど、
それをコアラは自分で消化することができない。
だから体内にバクテリアを飼っていて、
それに繊維質を分解してもらいます。
よくできていますね。
ところがこれにも問題がある。
とにかく時間がかかるんです。
バクテリアがのそのそと仕事をしているあいだ、
コアラは重い胃を抱えた状態のままでいなくてはならない。
牛みたいに地上で生きている大きな動物ならともかく、
コアラのように
樹上で生活している小さな動物にとってはかなり負担になる。
体重が増えると、敏捷性が落ちて、
枝から枝へ移動するのがむずかしくなり、
下手をすると転落しかねない。
だからある程度ダイエットしないと生きていけない。
となると栄養の絶対量は減るから、
行動を制限してエネルギーを減らす必要がある。
というわけでコアラはあまり動かないし、
いつもぐうぐう眠いっている。
だらだらするのにはするだけの理由があったんだ。
〈一部、省略〉
しかしコアラは一日のうちの80パーセントを
睡眠のうちに送っているんだそうです。
いくらなんでもなあ、とは思うけど、しょうがないんだろうな」


というわけで、
村上さんのこの文章のお陰で、
私も私なりに、
コアラに対する見方を一部変えることができた。
感謝である。

しかしここで、
「sydney!」という本について書いているのに、
コアラの部分だけを紹介するものなんなので、
一応、
村上さんの「オリンピック考」についても少々。
村上さんは、あとがきに以下のように記していた。
以下、あとがきの一部を抜粋させて貰おう。

「東京に戻ってきて、
ビデオで録画されたオリンピック中継を見てみたら、
まったく別のものに見えてしまったということだ。
同じひとつのゲームを
違った側面から見たというような生やさしいものではなく、
そもそもぜんぜん違うゲームみたいに見えたのだ。
だからちょっとだけビデオを見て、
あとはまったく見るのをやめてしまった。
そんなものを見ていたら、
僕の頭は混乱して、
何がなんだかわけがわからなくなってしまいそうだった」

村上さんはその事実に「呆然」としてしまったという。
いったいどうして村上さんがそのような心境になったのか。
まあ、それについては、
「わざわざ南半球まで行って実物を見てきた」という、
村上さんの本をお読みになってください。
もちろん、
新刊「1Q84」を読んだ後でもいいですね。


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(飯村和彦)


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2009年04月13日

所謂、「大食い」について



ここ数年、「嫌だなあ」と思っていることの一つに、
「大喰い」がある。
テレビ番組でも何故か根強い人気があるらしく、
大喰いを売りにしたタレントまで登場。
日本中で数々の食材や料理を一度に大量に食べていく。


海老4


なかでも特に首を傾げざるをえないのが、
“大食い競争”的なもの。
ある番組では、制限時間のもと、
参加者が料理を次々に平らげていく。
「お代わりお願いしま〜す!」
手を挙げては、ただただ食物を口から腹の中に流し込んでいく。
「牛肉ステーキ、5キロ突破!」
なんてものもあれば、丼ものでは、
「米に換算して10キロを完食!」なんて具合になる。

常識的に考えて不自然極まりない。

“旨いものを腹いっぱい食べる”
これは誰もがもっている欲望だろうし、
時々の体調やら懐具合やらが許すのであれば、
否定すべき態度ではない。
けれども、
あの“大喰い”はまったく違う。

番組によっては、
「食べ物を大切にする気持ちで…」
「医師の管理の下で実施」
「特別な人にしかできないので真似をしないで…」
などと注釈が入ったりもする。
だが、“特別な人”とはどんな人のことなのか、
医師がどんな管理を行なっているのか、
いったいどんな態度で“食べ物を大切にしている”のか、
まったく説明されない。

“大喰い競争”に参加するタレントや参加者は、
多くの場合、スラリとした体型の人が多い。

一度に5キロ、10キロもの食料が胃の中に入った場合、
その後、体はどんな状態になるのか。
医学的に体調はどう変化するのか。
参加者は、料理を食べた後、どんな行動をとっているのか。
平らげた料理はきちんと体内で消化されているのか。

それらを隠さず、全てを詳らかにすべきである。
間違いなく、そんなことは出来ないのだろう。

ガツガツと肉を噛みながら、
「美味しい!」
水で、肉を胃に流し込んでは、
「お代わりお願いしま〜す」

まったく正しくない。
懸命に食材を作っている人たちに失礼でしょう。
食べ物を自由に手にできない人たちが見たら、どう感じるでしょう。
参加している人も、自分自身や食物をもっと大事にして欲しい。
短時間で沢山の食物を“体に入れること”。
それって、重要なことでもなんでもないでしょう。


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(飯村和彦)


newyork01double at 12:40|PermalinkComments(1) 東京story 

2009年03月23日

梅の「色」



「梅は咲いたか、桜はまだかいな…」
などといっている間に、
もうすぐ、桜の季節である。
ブログ更新を怠っていると、
大切な四季にさえ、乗り遅れる。

↓は、娘の描いた絵。
「梅」の木である。


梅の色


花の色、素晴らしいでしょ?
いかにも梅だ。
堂々と記している「梅」という文字もいい。

いつだったか彼女に、
「もし死んじゃうとしたら、
最後に食べたいものは何?」
と質問したことがあった。
10歳の娘に対する問いとしては、
幾分、哲学的に過ぎるものだったが、
彼女は、
「梅干」と即答した。

我が家では毎年、梅干を作っている。
近所の公園で「収穫」した梅を、
妻が慣れた手つきで漬け込む。
その梅干のことだ。
スーパーで売っている甘ったるい梅干ではない。
想像するとパブロフよろしく、
じわりと口の中に唾液が溜まる、
梅干らしい梅干である。

と、ここまで書いてふと思う。
将来、娘にとって「母の味」とは、
やはり、あの梅干の味になるんだろうなあ…と。
………
悪くない。
とってもいいじゃない?


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(飯村和彦)



newyork01double at 02:14|PermalinkComments(0) 家族/ 子育て | 週末だから!

2008年11月05日

「アメリカ素描」司馬遼太郎



100年に一度ともいわれている世界的な金融混乱。
その震源であるアメリカの景気は、
向こう数年間は好転しないのでは?
そんな観測も流れている。
これだけは史上初の黒人大統領となる
オバマ氏でも舵取りに窮するだろう。

そこでという訳ではなかったのだが、
ふと一冊の本を手にとった。
それが司馬遼太郎氏の「アメリカ素描」


アメリカ素描


この本は、昭和60年9月から12月まで、
読売新聞に連載された司馬氏の手記を一冊にまとめたもの。
どこを読んでも、
司馬氏の思慮の深さと視線の鋭さに脱帽する。

例えば、「ウォール街」とサブタイトルのついた記述。
これは昭和60年当時、野村証券の常務だった
寺沢芳男氏のマンハッタンにある自宅を訪ね、
司馬氏なりにアメリカ経済を語ったものだが、
その洞察力の鋭さ、
時代の先を読み取る眼力には、改めて驚かされる。

少々長くなるが一部抜粋させていただく。


「以下はウォール街知識の初歩だろうが、
寺沢さんによると、
アメリカでは銀行が証券会社の要素をもち、
証券会社が銀行の要素をもっているという。
また、保険会社にとっては
客から金を集めるのは当然の業務ながらそれは半分の性格で、
あとの半分は投機をやる。
投機。むろん投資ではない。
三者とも投機をするためにこそ
ウォール街にオフィスを置いているのである。
バクチでありつつもソンをしないシステムを開発しては、
それへカネを賭け、カネによってカネをうむ。
(アメリカは大丈夫だろうか)
という不安をもった。
専門家の寺沢さんには決して反問できない不安である。
資本主義というのは、
モノを作ってそれをカネにするための制度であるのに、
農業と高度技術産業はべつとして、
モノをしだいに作らなくなっているアメリカが、
カネという数理化されたものだけで(いまはだけとはいえないが)
将来、それだけで儲けてゆくことになると、どうなるのだろう。
亡びるのではないか、という不安がつきまとった。
十九世紀末から、
世界通貨はポンドからドルにかわった。
イギリスの産業力を
アメリカの産業力が圧倒的に凌駕したためである。
そのドルを裏打ちしている産業力がもし衰えれば、
金融や相場という、
考えようによっては資本主義の高度に数理化された部分は、
どうなるのか、
素人の不安はとりとめもなくひろがるのである」
(以上、「アメリカ素描」より抜粋)


米国旗


今のアメリカ経済の在りようを見れば、
上記文中にある
(アメリカは大丈夫だろうか)
という23年前の司馬氏の不安が、
そのまま現実のものになったといえる。

経済のグローバル化の名の下、
デリバティブに代表される高度な金融商品を武器に
金融市場で勝ち続け、
わが世の春を謳歌していたアメリカ。
ところが、
自らモノを作らず、マネーゲームに明け暮れた過ちのツケは、
ことのほか大きく、さらに悪いことには、
その災禍を世界中に伝播させてしまった。

モノづくりに関しては、
似たようなことが日本にもいえるのだろう。
日々汗水を垂らし、
懸命にモノを作っている人たちの生活は厳しい。
にもかかわらず、
偉い(と自ら思っている)人たちの言質は、いつも概ね同じだ。
「モノづくりこそが日本の生命線である」
しかし、高い技術を持っている会社であっても、
現場はいつだって辛く苦しい。
その苦悩の先には何があるのか?

将来、日本はどうなってゆくのだろう。
もしいま司馬遼太郎氏が生きていたら、
10年後、20年後、50年後…の日本をどう語るのだろう。
そんな思いに囚われながら、
「アメリカ素描」を読み終えた。


(飯村和彦)


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2008年08月15日

光陰矢の如し

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2008年08月06日

夏の子供たち、in フロリダ



魚は釣れた?
Papa(祖父のこと)は元気?
海の色はどうだい?
ウキウキしてる?
水は冷たい?


フロリダの釣り


存分に夏を楽しんで!
青い海を遠くまで見渡して!
サメはいないよね。
カメはどう?
夏の空気を胸いっぱいに吸って!
存分に、闊達に!
キラキラと。


(飯村和彦)


newyork01double at 01:11|PermalinkComments(0) 家族/ 子育て | 世界の風景

2008年07月21日

奥深いラグビーという競技



このところ、
訳あってラグビーについて取材している。
詳細は、いづれ…。
兎も角、ラグビーという競技は非常に奥深い。
刹那刹那に興奮できて、
ワンプレー、ワンプレーに達成感を味わえる。


ラグビー1


サッカーだと、
いくら素晴らしいパスを出しても相手に取られたら、
「あーあッ」ということになるが、
ラグビーの場合、
ある素早いプレーの後相手に潰されても、
そのプレーで前進していればプレーは成功。
つまり、
プレーの一つ一つに完結性があるので、
観戦していて「ウォーッ!」という気分を何度も味わえる。


ラグビー2


ラグビーシーズンは秋から。
それまでにもう少し知識を蓄えて、
トップ・リーグ開幕(9/5)を迎えたいもの。
子供たちも興味を持ったようなので、
今年は、秩父宮に足を運ぶ回数が増えそうだ。

ONE FOR ALL, ALL FOR ONE!
ベタないいまわしだが、悪くない。


(飯村和彦)


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2008年07月13日

そのまま死んでしまう? 



その彼だか彼女は、
門扉の横、とある植物の茎に、
↓のようにぶら下がっていた。
昨日、
朝、学校へでかける子供たちが発見した。


幼虫


多分、アゲハかなにかの蝶の幼虫。
その状況を見たときは、
「蛹(さなぎ)になる途中なのだろう」
と思い、子供たちとは、
「できるだけそっとしておこう」
という話になった。
で、その「成長」を観察することにした。

ところが、きょう。
娘をともなって蝶の幼虫のところに行ってみると、
これがまったく変化なし。
蛹に姿をかえていく気配すらない。
そこで幾分不安になった。
「生体反応はあるのか?」
きのう見たときには微かに動いていたような気がしたが、
現状からして、そんな記憶もあやしい。

しかしながら、
今更あれこれちょっかいをだすというのも気が引ける。
緑の色はどう?
ということは、これから…?
まあ、どちらに転ぶにせよ、遅かれ早かれ答えはでる。

娘はといえば、
どんな根拠をもってのことだかは知らないが、一言。
「これ、まだ死んでないよ」
兎も角、「変化」を待つだけだ。
風雨や日照りに負けず、
ずっと茎にぶら下がっているだけでも、
大したものだし。


(飯村和彦)


newyork01double at 00:04|PermalinkComments(0) 東京story | 家族/ 子育て

2008年06月30日

北極点の海氷とCO2と未来像



今年の夏、
北極点の海氷が有史以来はじめてなくなるかもしれない。
コロラド州の研究者がそんな予測を出したという。
地球が、喘ぎ苦しんでいる一つの象徴のように思える。
温暖化防止、CO2削減…。
そのために実行できることは山ほどあるだろう。

今朝の朝日新聞には、この他にも、
CO2削減に関する記事が数本掲載されていた。


朱色の空とWTC


早稲田大学は、
九つあるキャンパスから排出されるCO2削減を進めるため、
電気・ガスの使用料を減らしたキャンパスが、
削減額の半分を学生への奨学金として使えるようにするという。
目標は、12年度までに約10%のCO2削減だそうだ。

また、東京大学では、
キャンパスにある約3万6000台の照明器具を、
08年度中に消費電力が半分ですむ機種に交換するという。
自分たちにできることから始める。
素晴らしい試みだ。

では、国や行政機関の方はどうだろう。
このところ議論になっているのがコンビニの深夜営業の規制だ。
現在、全国の10の自治体が、
コンビニの深夜営業の規制や自粛要請を検討しているらしい。
これに対してコンビニ側は、
「16時間に営業時間を短縮しても、
CO2削減効果は0.009%(国内全体で見た場合)しかない」
として反発している。

さて、ここで一考。
CO2削減のためには、それぞれが、
自ら進んで”出きることから始める必要がある。
つまり、誰かに強いられてやるのでは効果が出難い。

その意味では自治体によるコンビニの深夜営業規制は、
たとえ実施されたとしても効果に期待できない。
これが、コンビニ側から出た提案であったなら、
「いいじゃない」という思いにもなるのだが、
自治体の要請では話にならない。
ならば、国や自治体はどんな努力をしているのか、といいたくなる。
例えば日本全国の役所も、照明機器を省エネタイプにでもしてみたら?
「居酒屋タクシー」にお世話になっている霞ヶ関は、
“自ら進んで”どんな省エネ対策をしている?
自分たちのことは棚に上げ、他に対策を求めるばかりじゃない?

無駄をなくすといっても、どうでもいいようなところばかり。
マッサージチェアやグローブ等々の購入は控えるとしたが(当然だ!)、
無駄な道路はつくり続ける。
技術革新で飛躍的に進化した太陽電池が開発されても、
この国の電力政策の根幹に変化はない。
毎年、数百億円もの莫大な電力予算が、
原発関連(自治体への補助金や“箱モノ”建設等々)に使われている。
その半分でも代替エネルギー開発に回せば、
未来像は確実に変わってくるはず。
それだけの知恵と技術開発能力を人間は持っているのだから。

ビルの壁や天井の表面が全部、タイルではなく太陽電池になったら?
個人住宅に応用できることも沢山あるに違いない。


タクシー3


数年前、京都のあるタクシー会社の省エネ対策を取材した。
そのタクシー会社では、
自分たちで考案・開発した「風車」をタクシーの屋根につけ、
走行中に(風力)発電。
夜間の行灯や料金表示灯のほか、
乗客への携帯電話充電サービスなどに活用していた。
とってもいいじゃない?
風車がつくる電力は大きなものではないが、
間違いなく、省エネや乗客サービスに繋がっている。
なにより、そのタクシー会社が、
自ら進んで出来ることから始めた”というのが意義深い。
そこには確固たるメッセージが載っている。

自動車そのものも凄い勢いで進化している。
あるメーカーは、
エンジンが発する熱を走行に利用する技術を開発中だという。

大切なのは、ことの大小じゃない。
それぞれが考えて能動的に動き、実行すること。
そんな行動が積み重なれば、
とっても大きな流れになるはずだから。


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夜の幻想アベニュー

(飯村和彦)


newyork01double at 17:55|PermalinkComments(0) 地球環境を眺めると… | 東京story

2008年05月23日

バレエに没頭、娘の個性



好きなことを見つけて、
それに没頭できること。
そして、
集中すること。
楽しむこと。

娘は今、バレエの虜になっている。
レッスンを開始して、まだ3ヶ月。
にも係わらず、
その上達ぶりには目を見張る。


バレイ練習


9月に催されるという発表会。
今は、その振り付けの練習をしているのだが、
驚くべきスピードで覚えていく。
「きょうは2曲目の途中まで習ったの」
そういいながら、
その日のレッスンで覚えたステップを披露。
つま先から指先まで、
彼女なりにきちんと気を配っている。

元来、娘の身体は柔らかい。
手足、身体がグニャリと曲がる。
それもバレエには向いているらしい。
「父さん、見ていて!」
そういった直後の彼女の目は真剣なものになる。
そして舞う。
一点を見つめ、
頭の中を流れるメロディーにのって、彼女は踊る。
その姿は、なんだろう…
個性そのもの?


(飯村和彦)


newyork01double at 15:00|PermalinkComments(0) 家族/ 子育て | ダブル秘話

2008年05月11日

猫、舐める、舐める!



猫のクロピー。
もうすっかり、「青年」になった。
毎日よく食べるので、
ぐんぐん大きく、太くなっている。

さて、
そんな彼をシャンプーした。
本来、猫とシャンプーは、
縁遠いものなのかもしれないが仕方ない。
全身が酷く汚れていたので実施。

以下はシャンプー直後の毛づくろい。
ともかく、
舐めに舐めた。


黒2


黒3


黒4


黒5


黒毛ゆえに汚れが目立つ彼。
しかし、
そう頻繁にシャンプーなどできない。
やはり彼には、
自分の「舌」で身嗜みを整えて欲しいもの。
多分その方が、彼もHappyだろう。
シャンプーの香りのする猫というのもどうかと思うし。
猫の臭いは、
やはり、あの「太陽の臭い」(?)に限る。


Twinカッコイイ・NEWYORK 【Tシャツ】!


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(飯村和彦)


newyork01double at 20:18|PermalinkComments(0) 猫の話 

2008年05月07日

中国・山東省にて「野菜基地」



中国・山東省。
四季の移り変わりのある温暖な気候は日本に似ており、
緯度的には、
日本の東北地方南部から九州以北地域と重なる。


山東省4
(photo:Kazuhiko Iimura)


山東省では、
年間を通して様々な野菜が栽培されており、
中国最大の野菜生産地域。


山東省1
(photo:Kazuhiko Iimura)


山東省3
(photo:Kazuhiko Iimura)


JETROの資料によると、
山東省は、
中国から輸出される野菜の40%以上を生産。
なかでも日本は最大の輸出相手国で、
山東省で生産される農産物の
約4割が日本向けとなっている。

青島市内から車でおよそ1時間半。
青島郊外には広大な田畑が広がり、
そこには「野菜基地」と呼ばれる、
日系企業直営の農場が点在している。


山東省5
(photo:Kazuhiko Iimura)


ブロッコリー、
ほうれん草、
ちんげんさい、
小松菜…等々。
     
「野菜基地」で生産される野菜の特徴は、
日本から持ち込んだ種子を使った
「日本仕様」の野菜であること。
栽培技術も日本からのものであり、
多くの場合、
肥料や農薬の管理も厳格になされている。
当然ながら、
「野菜基地」で生産された野菜は、
生鮮野菜、冷凍野菜、加工冷凍食品となって、
すべて日本へと送り出される。

この仕組みは野菜版の「開発輸入」であり、
1990年代から、
多くの日本企業が中国・山東省に進出して作り上げた、
日本向け野菜を生産するシステム。
当たり前のことだが、
日本企業直轄の「野菜基地」であれば、
全ての責任は日本側企業が負うことになる。


山東省6
(photo:Kazuhiko Iimura)


さて、 
そこで「中国産」について一考。

中国産の野菜とはいえ、
「野菜基地」で生産されている野菜は、
極めて日本産の野菜に近いということ。
逆にいえば、
「中国産野菜」といっても、
栽培・管理のされ方、
加工・流通方法によって、
大きな違いがあるということになる。


山東省2
(photo:Kazuhiko Iimura)


ギョウザ中毒事件が未解決であるがゆえ、
いまだに「中国産」に対する見方は厳しい。
当然である。
けれどもその一方で、
食品を吟味する際に、
その「背景」に目を向ける必要があるようだ。
いつ、誰が、どこで、どのように…!


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(飯村和彦)


newyork01double at 15:53|PermalinkComments(0) 取材先にて記す! | 放送番組

2008年03月27日

グランドに「礼!」



息子やチームメイトにとって、
小学校最後の試合が終了。
走って走って走って、勝利する。
素晴らしい時間だった。

試合後はいつものように、
相手チームに対して「礼」。
自分たちのコーチや家族に対して「礼」。
そして、
小学校3年生のときから
4年間世話になった「グランド」に「礼」。


サッカー礼


4月からは中学生。
進む学校の違いや、
選んだクラブチームの違いで、
息子とその仲間たちは、
それぞれ別々のチームに分かれていく。

ある子供は進学した中学校の「部活」として。
別の子供は、地域のサッカークラブの一員に。

けれども、
同じチームで過ごした4年間は、
彼らに最高の「記憶」を残した。
それから、
当然のことながら、
みんな、信じられないほど逞しくなったし…。


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(飯村和彦)


newyork01double at 19:17|PermalinkComments(0) 家族/ 子育て | 東京story

2008年02月03日

スノーマンだ!



静かな朝だった。
何気なくカーテンを開けると、
外は雪景色。
ほほう、と驚いた。

とはいっても、
そのうち雨にかわるのだろう…
と思っていたのだが、
これが、みるみる積もる。

ならばということで、
娘、屋上に上り、
雪だるまをつくった。


スノーマン1


英語では「スノーマン」。
妻によると、
スノーマンは“三段重ね”なのだそうだ。
という訳で、
↓のような形になった。


スノーマン2


愛嬌のあるスノーマンである。
鼻はピノキオのようだが…。


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(飯村和彦)


newyork01double at 15:12|PermalinkComments(0) 家族/ 子育て | 週末だから!

2008年01月28日

「聖の青春」



若くしてこの世を去った天才棋士、
村山聖の短い生涯を描いたノンフィクション。
「聖の青春」は、
大崎善生さん(元日本将棋連盟職員)のデビュー作である。



聖の青春


大崎さんの作品は、ほとんど読んでいるが、
それらは全て「小説」であった。
大崎さんが「聖の青春」で作家デビューし、
二作目の「将棋の子」もノンフクションであったことは
勿論知っていたのだが、
なぜか、この二作品をこれまで手にすることはなかった。
理由は単純で、
自分自身が将棋に疎く、将棋への興味も薄かったから。
振り返るに、
最後に将棋を指したのは小学生のときだ。

だから、幾ら素晴らしいといわれていても、
将棋界を舞台にしたノンフィクションには手が伸びなかった。
今にして思えば、もったいないことだった。
食わず嫌い?
やはり、
なじみの薄い領域にこそ目を向けるべきなのである。

今回、
「聖の青春」を(直後には「将棋の子」も)読んだのは、
ある番組の取材で将棋界の重鎮、
加藤一二三九段の話を聞いたのがきっかけである。
加藤九段の将棋にかける意欲というのか、
勝負魂というのか、
そんなあれこれを本人の口から聞いているうちに、
ふと、もう少し将棋界そのものについて知りたくなった。

それで、
その番組を制作したあとに、
大崎さんの本を読んでみたくなったのだ。
本来なら、加藤九段の取材の前に、
将棋界を知る上での一つの方法として、
大崎さんの作品を読むべきだったのだろうが、
まあ、その辺のところは仕方ない。
ものごとへの興味というのは、いつだって少しずつなのだ。


王将


そんな経緯で「聖の青春」を読んだ。
そして、心を激しく揺り動かされた。
これでもかと…。
涙が止まらなかった。
感涙であり、悔し涙…。

純粋さのもつ力なのか、
ひとつのことに全人生をかけられる潔さなのか、
ともかく「聖の青春」の主人公、村山聖には圧倒される。
そして彼を好きにならずにはいられない。
さらに、
彼を支える家族や師匠や仲間。
人を信じ、未来を信じることの崇高さを実感させられる。

是非、ご一読を!
将棋に疎い方でも、
間違いなく心打たれます。


(飯村和彦)


newyork01double at 15:01|PermalinkComments(0) 気になるBOOKs 

2008年01月19日

猫、去勢手術の現場



クロピーである。
彼もついにこのときを迎えた。
「boy」の象徴がなくなる日。
切ない?
哀しい?


去勢クロピー


手術に立ち会ったのは妻。
彼女はミルキーのときもその場にいたから、
雄猫と雌猫、
双方の手術を粒さに観察したことになる。

「あなたは見ない方がいいかも」
雄猫であるクロピーの去勢手術の模様を収めたVTRのことだ。
妻は、きちんとその状況を撮影してくれた。
しかし、
そういわれれば、
尚のこと見ないわけにはいかない。
で、「見るぞ」と勇んでVTRを走らせた。
男としての意地だってあるでしょ?

けれども、
痩せ我慢は痩せ我慢。
「核心部分」だけはなんとか目の端で確認したが、
果たしてそれが限界。
情けないな話である。


去勢2


さて、
↑が摘出されるクロピーの睾丸である。
なんとも、
痛々しいが、その一方で、
実に“生物的”である。
生々しいのだ。
間違いなく、
その生々しさこそが“命”なのだろう。


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(飯村和彦)


newyork01double at 13:16|PermalinkComments(0) 猫の話