「トラと抱擁」:happy?写真集「神」の椅子?:東京story

2005年12月19日

血塗られた「レッドハウス」:世界風景…[トリニダード・トバゴ]




軍事クーデター直後の「レッドハウス」

レッド



正面が「レッドハウス」
アメリカのキャピタル、日本の国会議事堂にあたる。
そして、
右側の焼け焦げた建物が、
「Central Police Station(…日本の警察庁にあたる)」

「トリニダード・トバゴで、
反政府革命軍によるクーデターが発生!」
そのニュースが飛び込んできたのは、1990年夏。

丁度、カリブの島で、
「夏休み」を満喫しているときだった。
ともかく、
「近いところにいるんだから、行くしかないだろう」
ということで、空路現地入りした。



若い兵士

兵士



現地に入り、
まっすぐ、クーデターを引き起こした革命軍本部へいった。
アメリカ政府から発給されていた、
「ジャーナリスト・ビザ」を提示して、
日本人ジャーナリストである旨を告げると、
約5時間後、撮影許可が下りた。

ジープに乗せられ、
3人の兵士が監視についたが、
撮影制限は一切なかった。



レッドハウスの内部だ!

議会



反政府革命軍は、
ここで国会議員を人質にとって立て篭もり、
結果、「5人」の命を奪った。

いたるところに、「血の海」の跡。
さらに、
建物内部の「もわっ」とした空気は、
死臭そのもの。
渡された「紙のマスク」は、
まったく役に立たなかった。



Hi8ビデオカメラで…

内部


「夏休み」だったゆえ、
Hi8ビデオカメラを持っていた。
現地まで、
取材クルーを呼ぶ暇も予算もなかったので、
当然、ビデオも自分で回した。

「さすが日本だな。カメラが小さい!」

同行していた兵士は、
私が使っていたビデオカメラを見て「感嘆」していた。
「…Oh, sure!(もちろんさ!)」
軽くそう返答してやった。

ちなみに、
ビデオを回している私のこの写真を撮ったのは、
後の「妻」だ。
まったくもって、妙な「夏休み」になった。

けれども、
このトリニダード・トバゴのクーデター。
発生直後から“きちんと”取材した海外の人間は、
私たちだけ!
よって、このとき撮影したフィルムは、
とっても貴重なものとなった。

(飯村和彦)






newyork01double at 12:03│Comments(13) 世界の風景 

この記事へのコメント

1. Posted by 小鳥ちゃん   2005年12月19日 12:39
一番乗りです!(鼻息!)飯村さん、すごいすごい。なんかピリピリきました。そんでもってカメラを回している飯村さんの姿が、特に足のつま先の向き方が、いかにも飯村さんらしくてイイです。そんでもって奥様が撮られた写真がいい感じでブレてるところが、ものすごく好感が持てます。
2. Posted by 飯村和彦   2005年12月19日 13:30
>小鳥ちゃんさま
「つま先」ときましたか…。
確かに、
改めて注視すると、微妙な角度。
全神経を使って、
相当、緊張して撮影していたのでしょう。
「スティール・ドラムス」の国も、
こんな時期があったのです。
3. Posted by tamami   2005年12月19日 14:28
もの凄く寂しい写真ですね。トリニダードと聞いて昔の友達のことを思い出しました。NYにはたくさんそこの国の人たちが住んでいますよね。私の旦那の母はハイチ出身で、今アラバマに住んでいます。
最近は子供と一緒に子供番組を見たり遊んだり、子供と過ごす時間が多いためこのニュース知りませんでした。
4. Posted by カメ   2005年12月19日 14:48
小鳥ちゃんさんじゃないけれど、今日は、まさに「ジャーナリスト」
としての飯村さんを、ビリビリ感じました。
私にとっては、遠いところのできごとでしたが、飯村さんが、このときちょうどお近くにいらして、取材された(しかも家族で!)時の状況を、リアルに伺うと、世界各地で、今も血の流れるような争いが起きていることを、ヒシヒシと身近に感じます。
今はあまりに映像がすぐに見られるために、かえって、現実感を失いがちなところもありますが、飯村さんがご自分の足で現地に入られ、取材なさった様子を、ご本人から聞くと、一気に現実のものとして、緊迫感が伝わってきます。やはり、飯村さんじゃなくちゃ、伝えられないもの、たくさんあると思います。ユーモアあり、家族のほのぼの風景あり、素敵な英語表現とエビソードあり、と、いろいろな表情満載のこのブログですが、こういうお仕事のお話も、また時々聞かせてくださいね。
5. Posted by 飯村和彦   2005年12月19日 19:32
>tamamiさま
このクーデターがあったのは、ブログにも書きましたが、
1990年の夏ですから、
心配なさらないでください。
今は、平穏な国になっていますから…。
6. Posted by 飯村和彦   2005年12月19日 19:39
>カメさま
現在は、主に検証報道に従事してますが、
時には上記ブログにあるような、
「出会い頭」的な取材もあります。
機会があれば適宜報告していきます。
また、これまでに取材等で見聞きしたことも、
順次、可能な範囲でブログに載せていくつもりです。
世界のあちこちで、
かつて色々なことがあって、
その土台の上に今があると考えると、
興味深いものです。
7. Posted by アキラ   2005年12月20日 01:07
ジャーナリスト冥利に尽きる瞬間だったのではないでしょうか。
もちろん危険と隣合わせなのかもしれませんけれど。
しかしながら、こういう取材が出来たということの背景には偶然という「運」も必要なんですね!
飯村さんの格好がリゾートぽいのがいいですね。
とにかく行動力が大切だなと思いました。
8. Posted by やっとこ   2005年12月20日 07:00

やっぱり、飯村さん、すごいですね。
お休みの日も、チャンスがあれば
取材にかけつけられる・・・
それこそ、ジャーナリスト魂ですよね o(^-^)o

ランキング12位にアップされていましたね。
これからも応援していますね〜♪

9. Posted by 飯村和彦   2005年12月20日 12:09
>アキラさま
そうですね、
姿形は完全に「リゾート」してます(笑)。
確か、30歳ぐらいのとき。
勿論、「運」もありますね。
けれども、
私自身、実は、この手の取材より、
ちょっと骨は折れますが、
「検証」の方が、
好きです。
10. Posted by 飯村和彦   2005年12月20日 12:14
>やっとこさま
第一報の取材は、「反射神経」
それが鈍ると上手くいきません。
最近は、
その反射神経が幾分、衰えてきたと、
正直、自覚している部分もあります。
歳のせいにしたくはありませんが…。
まあ、その中で「BESTを尽くす!」
ということですね。
けだし、
走り出しだら、
まだまだ負けませんが…(笑)
11. Posted by 明るい空   2005年12月20日 12:49
ジャーナリストの方々の努力と体力にはいつも驚かされます。でも、皆さんのおかげで私達は社会で行われているいろいろなことを知る事が出来ます。こういう時ぐらいはちゃんと言わせていただきます。いつもありがとうございます。
12. Posted by tamami   2005年12月20日 13:21
1990年だったのですね・・・すみません。興奮して見逃しました。
13. Posted by 飯村和彦   2005年12月21日 22:26
>tamamiさま
どういたしまして。
私も似たようなこと、日々やってますから。

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