笛吹き童子だ!猫のミルキー、版画になった!

2006年02月15日

無冠の帝王の「帝王」とは?




「タブロイド」という映画。
それなりの前評判だったが、
やはり、「映画」でしかなかった。


タブロイド



内容は、
センセーショナルなニュースがウリの「番組リポーター」が、
「スクープ」を求めて、
一人の収監者と取引を行い、
結果、重大な過ちを犯すというもの。

「幼児連続殺害事件」に関する情報に己を失った、
主人公の「番組リポーター」は、
情報と引き換えに、
メディアの存在理由である「正義」を放棄してしまう。

「なるほど、“映画”だとこんな展開にするのか…」

というのが、観ての率直な感想だった。
なぜなら、
現実に報道現場に身を置いている「真っ当なジャーナリスト」であれば、
映画の中で「番組リポーター」が下したような判断は、まずしない。

もちろん、この映画が、
「まともではない番組リポーター」を描いて、
センセーショナリズムに走るテレビ報道を、
痛烈に批判しているのは正しいし、理解できる。

けれども、
テレビ報道のあり方に警鐘を鳴らすのであれば、
少なくとも、
「まともなジャーナリスト」を主人公にして、
そんな人物でさえも、
センセーショナリズムの渦に巻き込まれると己を失う…、
という描き方をして欲しかった。

役者の演技が素晴らしかった分…、残念。

余談だが、
「無冠の帝王」
という言葉。
その帝王とは元来、ジャーナリストを指したものである。

それだけ、ジャーナリストの果たす役割は重いのに、
現状を見ると、「?」が付きまとう。
自分も含め、
改めて、その存在理由を確認する必要があるのは明白。


rankingひと押し、ご協力を!


(飯村和彦)


newyork01double at 12:06│Comments(10) 東京story | 気になる映画

この記事へのコメント

1. Posted by XX   2006年02月15日 13:36

”センセーショナリズムの渦に巻き込まれると己を失う”

ジャーナリストの方の 己の管理って
ワタシはものすごく手ごわいものだと
いつも感じていた

一瞬の判断力 行動力
発してしまった言葉の重要性
どれをとっても
とてつもない 精神力を持っておられるのだろう

自己評価されると そうでもない
なんて言葉が帰ってくるのかもしれませんが
ワタシみたい 精神の弱い人間には
太刀打ちできない

2. Posted by 市奈   2006年02月15日 15:22
こんちぁ☆いろいろまわっててたどり着きましたぁ!また来まーすぅ(=w=;)
3. Posted by カメ   2006年02月15日 16:30
何かのCMにありましたね。「言葉の力を信じる」って。(でしたっけ?)力があるからこそ、使い方を間違うとコワイものでもありますよね。まさに、その言葉を武器に勝負していくジャーナリストという職業は、その人の感性、良心、人間性によって、方向が大きく左右される
コワイ仕事でもありますね。常に、広く、いろいろな立場でものを見つつも、自分を失わないでいなくてはいけない、というのは、難しいことですものね。
ある人気司会者が、ほかのメディアで取り上げない小さなことを取り上げて、「皆さん、ぜひ考えてみてください」と力説していました。
それ自体は、とてもいいことだと思うけれど、一歩間違うと、その人の感性の方向に、みんなを誘導してしまう危険性もあるんですよね。受け取る側が、ちゃんとバランス良ければいいのですが・・
メディアに関わるのが、飯村さんのような方ばかりならいいのですが・・・
4. Posted by リョウ母   2006年02月15日 18:54
帝王って ジャーナリストのことだったのですか?
清原選手を 無冠の帝王とか 梅宮辰夫さんを
夜の帝王とか 言いますが あれは 使い方を
間違っていますか?
間違っているとしても マスコミが使っているのだし。
5. Posted by 飯村和彦   2006年02月15日 21:11
>XXさま
謙遜して「大したことないですよ」などという人物は、
多分、まっとうなジャーナリストではないでしょうね。
それぐらい、自分を律する必要があります。
簡単な例で説明すると、警察・検察の問題を暴いているジャーナリストが、窃盗やチカンで逮捕されるようでは話になりませんから。
6. Posted by 飯村和彦   2006年02月15日 21:12
>市奈さま
ようこそ!
いつでも立ち寄ってください。歓迎です。
7. Posted by 飯村和彦   2006年02月15日 21:23
>カメさま
おっしゃる通り、「コワイ」仕事です。
いくら緻密に取材しても、最後の一言でひっくり返る危険性もあるし。編集にしても、事実(←でないと話にならない)の繋ぎあわせ方次第で、内容がガラリと変わります。
原稿を書いているときでも、その内容を数百万人の視聴者が吟味するのだと思うと、時に恐ろしくもなります。
けれども、その「怖さや恐ろしさ」を感じながら仕事をしている間は、間違った判断を下す可能性は低いはずです。一番問題なのが「傲慢」な人物です。傲慢になると間違いなく事実を見る目が歪み、結果、「やらせ」のような事態に発展していきますから。
8. Posted by 飯村和彦   2006年02月15日 21:32
>リョウ母さま
「無冠の帝王」の帝王は、ジャーナリスト、言葉のできた時代に沿っていえば、新聞記者のことです。「ペンは剣よりも強し」と同類の表現です。
ですから、
マスコミが、例えば、清原さんのように、タイトルを取っていない大選手を称して「無冠の帝王」などいというのは、厳密には「誤用」です。
まあ、マスコミ特有の意味の「ひっかけ」なのでしょうが、もしかすると、使っている記者や担当者も、本当の意味を知らない可能性…「大」です。残念なことですか…。
9. Posted by XX   2006年02月17日 09:43
"それぐらい、自分を律する必要があります"

当然のコトでした

ココのところ なんだか失礼な言葉ばかり書いてしまい
申し訳ありません
悪気は 全くありません

ワタシは精神力が弱いうえに
どこか マヌケなところがあるので
注意しないとならないです

ただ 縛られた世界?うまく表現できませんが
「見られている」
という環境だけは ワタシもずっと経験してきています
飯村さんとは幅は随分違いますが・・・・
(出してしまった論文は 残ってしまうので 
似ているところはあるのかも知れません)

↑お子様の作品 子どもらしい表現力
ワタシは 世田谷区で教員をしていた時期もあったので 
懐かしいです
世田谷区は 子どもたちにとって とてもいい環境です

お子様の作品
子どもたちの成長を見ていると
張り詰めた?緊張感あるお仕事でも 頑張れますね

”守る人”がいるコトは とても重要なことですね

10. Posted by 飯村和彦   2006年02月17日 21:05
>XXさま
全然、「失礼」なところ、ありませんよ。
心配なさらないで下さい。
で、「守る人」がいることは、とっても大事ですね。
だから、懸命に生きようと思えますから。

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