東京story

2017年09月25日

想像力を駆使して手当たり次第に“考える” 「例えば、新垣さん」



自由にあれこれ「考える」こと。順不同。
そんなときにはタイトルやら小見出しやらが必要ないから愉快になれる。深刻にもなれる。
だからいい。


インタビューは受け手と聞き手による共同作業。

大切なのは想像力だ

ちょっと考えればすぐに気づく。
ご存知の通り、自分の思いや考えを言葉でいい表すのってもの凄く難しい。というか大抵の場合、考えていること、思っていることのほんの一部しか言葉にならない。だから思いの全てを相手に伝えるなんて絶対できっこないと感じてしまう。誤解されてしまうことだってある。
でもあきらめたらそれまで。
水が湯になり湯が沸騰する直前に現れるあの泡のように、ポツリポツリと沸いてくる言葉に耳を傾けてみたい。焦らず気負わず勢い込まずに。想像力を最大限に働かせてね。
でもテレビだとそんな余裕はない。そもそも放送時間の制約もあるし。
やっぱり本にする?
本にだってそりゃ文字数やページ数の制約はあるけれど、活字だから、ゆったりとした時間の中で交わされた言葉を何度も眺められる。言葉を口にしたときの表情も思い描ける。行間から言葉にならなった相手の思いなんかも感じられる。


「どんなことがあっても生き抜いて。そして生き切るのよ!」

生きることと「行き切る」ことは決定的に違う。
がんとの闘いを何度も克服し、97歳まで生きた祖母。手元には最後の7年間を記録したVTRがある。映像は祖母が90歳のときの正月から始まる。
撮影舞台はといえば、ほとんどが実家だから、シーンも私どもが実家を訪れる盆と正月が大半だ。だから当然、同じ行事の繰り返しになる。
ところが、完成したものを通して見ると、そんな毎年の繰り返しだからこそ、「そうなのか…」と合点するところが多々あった。




Hana2
(photo:kazuhiko iimura)



当然ながら祖母は年々、老いていく。
“老いが深まる”といった方が適切かもしれない。
けれども、「生きよう!」 「生き切ろう!」とする意思は健在で、末期がんで死の淵に瀕したときも、70年間連れ添った夫(祖父)と死別したときも、彼女は強い意志でその都度、奇跡的な回復を遂げた。
もちろん歳が歳だから、顔に刻む皺は年々深くなるし、幾度となく繰り返される外出時に玄関をでる様子は、“一人でスタスタ歩いている” 姿から“家族の誰かに抱えられて…” の姿へと変わっていく。

だが、それは単なる身体的な老いでしかないようで、祖母の老いと反比例するように、年々成長するひ孫たちと接するたび、祖母は自分自身の中にあった「生きる力」を再確認していたように思える。

家族の中に高齢者がいること。
自宅とケアハウスを行き来する祖母の生活。
そんな祖母の生活を支える家族の日常。
もちろん、介護する側の負担は大きい。
でも、だからといって何か特別なことをする訳じゃない。
明るく楽しく。
毎年、どんなときでも…いつも通り、普段通り。
そんな「いつも通り」がどれほど大切で、どれだけかけがえのない時間だったことか。
亡くなる1年前、祖母が語ったこと。

「人の人生にはそれぞれの持分(もちぶん)というものがあってね。
私は自分の持分を使い切ったから、あとはもうどうなってもいいんだよ」

素敵な言葉だった。


雪の多い地方では、冬の間、開墾した土地に降り積もった雪の上にケイ酸や水溶性カルシウムを散布すると聞いたことがある。上空から降ってくる雪には大量の窒素が含まれている。窒素は土壌にとって貴重な肥料。だから雪の上から蓋をして窒素を閉じ込めてしまうのだそうだ。
 

氷の中に封じ込められる時間。
タイムマシーン。





neko
(photo:kazuhiko iimura)





猫は自分のことを猫だとは思っていないだろう。自分を「そういう分類を超越した特別な存在」だと思っている? 
そもそも分類なんて窮屈な発想自体がないに違いない。在るがまま。羨ましい。
一度ゆっくり猫と話をしてみたいものだけれど、現実にはねぇ。

だいぶ前のことになるけれど、小渕恵三さん(…あえて“さん付け”にしています。その方が親近感があって好きなので)は首相になる朝に話していた。
自分は「冷めたピザ」でも構わないと。 
他人からの批判を甘んじて受け入れる政治家には、視線の先に思い描いているはずの、その政治家なりの国家観を聞いてみたいと思う。好き嫌いに関係なく。
じゃぁ、いまの首相は? 
彼には「美しい国へ」という著書があった。
「美しい国」=「うつくしいくに」。
逆から読むと、「にくいしくつう」=「憎いし苦痛」
近々、総選挙があるらしい。いま政界では摩訶不思議な力というか「思惑」がうごめいているよう。いい方向にその力が働いてくれるといいのだけれど。


自然の大きな力は、ものごとをあるべき状態に戻していく


熊本地震では、落ちない巨石、「免の石」が落下した。
筑波山(茨城県)には「落ちそうな巨石」がある。「弁慶七戻り」と呼ばれている大きな石のことで、言い伝えには、そこを通りかかった弁慶が、いまにも「落ちそうな巨石」が頭上に落ちてくるのではないか…と不安になり、その巨石の下をくぐるのを7度もためらったとある。
あの弁慶でも…ということなのだろう。


「つわもの」だって怖いものは怖い





つくば
(photo:kazuhiko iimura)





平成の怪物投手なんて呼ばれていた松坂大輔 さん。
「自信が確信に変わりました」
ブロ入り直前、当時18歳だった彼は、そんな決意を口にした。
けれどもそこに至るまでの努力や苦悩、不安な日々は並大抵ではなかったはず。事実、人目をはばからず悔し涙を流した日もあった。
横浜高校2年のとき。エースとして臨んだ夏の甲子園・神奈川県大会準決勝でのサヨナラ暴投、134球目だった。彼は試合後ベンチで泣き崩れた。
でも、あの日の屈辱があったからこそ高い目標を求めて野球に取り組むことができるようになったのだという。

あれから19年。
いま松坂さんは度重なる肩の故障に苦しんでいる。今シーズンは二軍のマウンドにさえ登らなかった。

18歳のとき彼はこうも語っていた。
「(いつも考えていることは?)自分が一番うまいと思って、練習はやっています」。そして「プロとは人に夢を与える仕事。その最高の舞台がプロ野球。多くの人に注目されればされるほど、力が沸いてきます」
37歳で迎える来期。もう一度輝いて欲しい。


不可能は可能のはじまり

あるベンチャー企業の社長は、インタビューの最後をそんな言葉で締めくくった。
脳梗塞や外傷性脳損傷によって死滅した脳細胞を再生させる薬の開発。
健康なヒトの骨髄液からとった幹細胞に特別な処置を加えてつくる「 細胞薬 」、つまり、生きた薬だ。
開発を始めてから今年で16年。
臨床試験も順調に進んでいて製品化(治療薬としての承認)まで「もう少し」の段階にまできている。

「出来っこない、不可能だ」といわれ続けた日々。

けれども彼自身は不可能だなんてまったく思っていなかったらしい。
人のために自分ができること。
誰かの役に立ちたいという一貫した信念だ。





623
(photo:kazuhiko iimura)





新しいものを世の中にだすこと。
これまでの常識をくつがえすこと

魔法なんてないから、本気で自分の信じる道を進み、努力するしかない。
でもきっと心が折れそうになる瞬間もあるのでは?
そんなときはどうするの?
小声でもいいから教えて欲しい。とくに自分が弱っているときは…ね。





こけ
(photo:kazuhiko iimura)





ある人は、
「スナゴケやスギゴケに水をあげているときが唯一ほっとする時間ですね」
と応えるかもしれない。
そんなときはスナゴケやスギゴケについて詳しく教えてもらう。同じものを同じ気持ちになって眺める。 
石に張り付いているビロードのようなコケ。よく見ると微小な真珠のような芽がたくさん並び輝いていてとっても綺麗だ。

夢を実現すること。
または夢に近づくために努力をすること


孤独かもしれない。
でも、努力を惜しまず目標に向かってまい進する姿は人を魅了する。
夢を共有してくれる人が現れ、仲間ができる。
凄いことだ。


「いまは誰かのために医者でありたいと思う。
俺はそれをお前らから教わった。
俺は出会いに恵まれた。お前との出会いを含めて」

これはフジテレビで放送されたドラマ「コード・ブルー 〜ドクターヘリ緊急救命〜 THE THIRD SEASON 」の最終話で山下智久 さん演じるフライトドクターの藍沢が、新垣結衣 さん演じる白石に語った台詞だ。
おそらく season1 にあった指導医・黒田の「お前らに出会わなければよかったなあ」という台詞が伏線になっているのでしょう。

心が揺さぶられ、泣いた。

ちょうど脳を再生させる薬の取材を進めている期間とこのドラマの放送期間が重なっていたため、初回から毎週興味深く見ていた。
良質なドラマが描くものごとや人物像には時として圧倒される。そして文句なしに感動させられる。知らず涙を流している自分がいること、それ自体が四の五の言えぬ動かない証拠だ。
なかには「あれはドラマだから」という人もいる。けれどもドラマだからこそ伝えられる大切なものが確実にある。


ドラマのなかで生きること。
でも、当然ながら一人の人間としての日常もある。
俳優、女優というのは大変な職業だと思う。


仕事から帰ってベッドに倒れ込んだときの脱力感や充実感。
自分の光で歩くということ。
公園に寝ころんで秋空を見上げたときの心の在りようは、どんな言葉に還元されるのだろう。


演じることと生きること。
俳優、女優として多くの人の期待に応える。
並大抵のプレッシャーじゃないはず。巨大だろう。
けれども彼らは全員、そんな重圧のなかを軽快に駆け抜けているように見える。


例えば、新垣さん

巨大なものを相手にしている怖さのようなものを感じさせない立ち振る舞い、まとっている空気は特有だ。
でもその特有さは「なんて普通なんだろう」と感じさせる空気なのだからこれは言葉では説明できない。
だからこそきっちり役を演じきれるのだろう。
にもかかわらず、そんな空気を多分、というか間違いなく計算や意図なく自然にかもしだしているのだから、その在りようには驚くほかない。 

そういえば新垣さん、ヒョウモントカゲモドキを飼っていると何かの記事で読んだ(…確か犬も)。
ヒョウモントカゲモドキのクリっとした目を覗き込んだときに湧いてくる親密さ。
指先でからだに触れたときに感じる安心感。
もっといえばそんなときにふと思いだす日常の風景や出来事ってどんなものなのだろう。



周りにいる人たちに目を移せば、ある人は猫を飼っている。
もちろん犬を家族の一員にしている人もいる。
モモンガを飼っている人もいるに違いない。

我が家にはいま猫がいる。今年で9歳(だったか?)になる黒い猫だ。
彼の爪を切ったりブラシをかけているとき、自分はなにを考えている?
だいたいにおいてそんな時に思い浮かべるのは特別なことじゃない。
ささやかで、ごく日常的なことが多い。でも実は、そんな特別じゃないあれこれこそが自分の成り立ちみたいなものに一番大切なことだったりする訳だ。






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(photo:kazuhiko iimura)





悪戦苦闘しながら子育てと仕事を両立させているお母さん。
彼女は、わが子が眠りについたとき、彼ないし彼女の寝顔をどんな気持ちで眺めるのだろう。初めて高熱をだしたとき、初めて血を流すようなケガを負ったときはどうだったのか。

うちの息子がまだ1歳半ぐらいのころ。
朝から切れの悪い「ゴホゴホ」を繰り返し、夕方には、耳にして不安になるほどの「湿った音」になっていた。
熱は38度弱。とはいっても本人は、ときどき咳き込みながらも普段と同じように積み木を積んではそこにミニカーをぶつけて遊んでいた。
妻が電話で医師の判断を仰いだところ、「一晩様子をみて、咳がもっとひどくなる様だったら朝一番に病院に来るように」とのことだった。
翌朝の明け方近く。息子の湿った咳は、「ゴホゴホ」ではなく「ゼーゼー、ゴーゴー」という嫌な音に変質した。小さな胸に耳を当ててみると風が舞っているような鈍い音が聞こえてきた。それが、息を吸うたびに繰り返えされる。
「病院へ行こう」
そう決めて、息子を抱きあげようとしたときだった。

「ここにライオンがいるみたい」
と彼がいった。

息子には、胸の中で渦巻く音がライオンのうなり声に聞こえていたらしい。
そういうなり息子は、ニコッと笑った。その笑顔が私たち夫婦をどれだけ安心させてくれたことだろう。
結局、病院での診察結果は気管支炎の初期症状。薬を飲むとその日の午後には症状も治まった。
しかし、こうも考えた。
息子の胸の中からライオンを退治したのは薬ではなく、彼自身じゃなかったのかと。
それぐらい息子は落ち着いていたのだ。


普通でいることの難しさ
普通に見えることの特別さ
普通であろうとする努力
普通に振る舞える尊さ
多くの人がいうように「普通」ほど厄介な概念はない



じゃぁ、特別な状況に置かれたときは?

御巣鷹山の記憶。

「部分遺体発見、部分遺体発見!」
トランシーバーに向かって大声で話す自衛隊員の声は今でも耳の底に張りついている。
ヘリコプターの轟音と巻き上がる砂埃。
あのとき御巣鷹の尾根で見た光景は決して忘れることのない惨状そのものだった。
墜落現場の焼け焦げた臭い。信じられない数の棺が並べられた遺体安置所(地元体育館)。
家族や友人の身元確認を待つ、沈痛な表情をした人たち。
その全てが「悲嘆の固まり」だった。

「自分の目で見たものを自分の言葉でリポートしろ。それから、遺族に失礼なことだけは絶対にするな!」
取材にあたって上司から言われたのはそれだけだった。現場に入れば、若手もベテランも関係ない。自分の目と良心に従って取材にあたるしかないのだから。

あの時、どのような取材をしたのか。今、その全てを細部まで思い出すことは難しいけれど、一つだけ確かなものが残った。
一枚の葉書。




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(photo:kazuhiko iimura)




息子さん夫婦とお孫さん一人が事故の犠牲になったご遺族からのもの。
事故直後、遺品が並んだ部屋で、なんとかインタビューをさせていただいたのがきっかけで、翌年の慰霊登山の際には同行取材を許してもらった方だった。

「頂いたテープ、時折再生しております。本当にお世話になりました。…また、お目にかかれるのを期待しております」

届いた葉書には、そのような言葉が丁寧な文字で記されていた。
悲しみに沈む遺族に無理をいって取材をさせてもらう。
失礼のないように気を配っていても、知らず心の傷に触れるような質問もしていたに違いない。

けれども、葉書一枚で救われた。
以来、今日に至るまで折に触れてその葉書を思い出す。
取材者として人にどうあるべきか。さらには人としてどうあるべきか。
御巣鷹山での経験は、自分の仕事の原点になっている(少なくとも自分ではそう考えている)けれど、もしあの葉書が届いていなかったら果たしてどうなっていたのか。
はなはだ…疑わしい。 

はなはだ…。甚だ。
誰かの本に「確率」は、「たぶん」と同じ意味合いだとあった。
多分…。


(飯村和彦)


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2016年10月16日

死を悼む方法



家族やある時期ともに大切な時間を過ごした友人や知人の訃報にせっしたとき、
あなたはどんな方法でその人の死を悼むのだろう。
自分にとってのそれは、亡くなった家族なり友人との記憶をたどり、
共有できた感情や時々の出来事について自分なりに書き残すこと。
強く印象に残っていることや真っ先に頭に浮かぶ光景はもちろんなのだが、
どちらかといえば日常的な、
些細でささやかな事柄の記憶を飾ることなく綴っていく。



朱色と青空



ひとを思いやるということ。

それは何か一つのことでも、毎日その人のことを書きとめて置くということだ。
いつだったか誰かの本で読んだ。
どんな小さなことでもいい。短くてもいいからともかく言葉を書きとめ続ける。
ところがこれは簡単なようで現実には非常に難しい。
だから自分は、せめて大切な人がこの世を去ったときだけでも言葉にして書きとめることにしたのだ。
その際の心境はといえば、遺影に向かって手を合わせているときに似ていて、
結果としてより長い時間、亡くなった家族や友人と静かで親密な対話をすることになる。

一週間ほど前、高校時代の同級生の訃報にせっした。
まだ50代半ば、がんだったという。
機会あるごとに新しいがん治療法や先端とされる研究機関を取材して、
「がん治療の新しい地平が拓けた」
というような記事を書いたり番組を制作している自分にはいちばん堪え、
どうしようもない無力感を感じざるをえない知らせである。

同じ青春の空気を吸い、ともに学び、笑い、
そして社会人になった後は、
ともに人の世の理不尽さに悔し涙を流した友人だった(…少なくとも僕はそう思っている)。
人の世、なんていうと少し大袈裟に聞こえるかもしれないが、
あるとき(…確か27歳ぐらいのときだった)、
簡単には消化しきれない出来事がわれわれに個別に降りかかったのだ。
それは同世代の仕事仲間の不慮の死であり、
大切な知人の病死だった。
年齢は20代半ばから30代はじめ、どう考えても早すぎる死だった。

「なんでかね」
「悔しいね」

そんな会話を六本木あたりのバーで交わしたのを覚えている。
ポツリポツリと湧きでる言葉は、
静かに現われてはポッと消えていく、
お湯が沸騰する前のあの小さな泡のようにだった。

そんな時間を共有した友人だったからなおのこと、
本人の死を受け止めるのは難しく、いまだにできていない。
さらには長い間顔をあわせていなかったということも大きい。
「亡くなった」と知らされてもそこに現実的な手ざわりのようなものがないので、
悲しみというよりは永続的な「不在」、喪失感の方がより大きい。
最後に会ったのはニューヨークに引っ越す直前のことだから、
かれこれ25年以上前になる。

「死ぬなよ」

そういって御守りとその頃人気のあったムートンの手袋をくれた。
手袋の方は「ニューヨークの冬は耳が千切れるほど寒いから」という理由からだった。
(だったら本来なら耳あてなんじゃないか、とも思ったのだが…)
それはそれはさらりとしたもので、
その「さらり」具合が、
高校時代から変わることのなかった友人関係そのままでとても心地よかった。

「日本に帰ったときは連絡を!」
「ああ、電話するよ」

確か渋谷かどこかでそんな会話をかわして別れたのだ。
しかしその後われわれが再会することはなかった。
なぜだろうと考えてみてもこれといった理由はない。
気がついてみたら25年もの歳月が流れていたということで、
もし不幸がなければ、それはもしかしたら30年にも40年にも及んでいたかもしれない。
けれどもだからといって、
われわれが友人でなくなった訳じゃ全然ないだろうし、
もしふとした機会に再会を果たしたとしてもきっとこんな調子だったに違いない。

「どうしてた?」
「元気だよ」
「それはよかった。ビールでも飲む?」

ほんの二言三言で再会の挨拶は終了。
まるで2、3週間ぶりに顔をあわせたような気分で、
それぞれの25年なり30年なりに起きたエピソードを酒の肴にグラスを傾けたことだろう。

きっとこの文章を読んでいる多くの人たちにも、
「そういえば彼が(彼女が)そうだなあ」
と思いあたる素敵な友人がいるはずだ。
思うのだけれど、
僕たちはそんな十年一日の友人がいるからこそ、
例え辛い毎日が続いたとしてもなんとか頑張ってやっていけるんじゃないか?
普段は心の奥の方にいて意識されることはないけれど、
間違いなく自分の支えになっている存在。
だからこそ逆にそんな友人の「不在」は、にわかに信じがたく現実的感に乏しいのだ。

けれども当然のことながら、
身近にいたご家族や友人、知人の方々の悲しみは深く、
その心の痛みや喪失感ははかりしれない。



遠い夏の日の青い海。
仲間たちと泣き笑いした午後もあったでしょう。
雨降りの日は穏やかに、
風がたてば耳を澄ました。
目に痛いほどキラキラ輝いていたあの頃の記憶。
時間は進みません。
いつだってそこに在るだけ。
忘れずにいよう。
いまはもう、青空だけだから。



「生」と「死」は対峙しているものじゃない。
多くの人たちがそういうのはその通りなのだと思う。
「死」はいつだって人の「生」の中、日々の生活の中にあって、
あるときその姿をあらわす。
悔しいけれど、大抵の場合それに抗うことはできない。
だからそれぞれがそれぞれの方法で、
家族なり友人、そして自分自身の「死」と折り合いをつけるしかないのだろう。

もう数ヶ月前になるけれど、
アメリカCBSニュースが小さな私設ミュージアムの話題を放送していた。
館長は黒人男性で、自宅をそのままあるミュージアムにしていた。
室内に展示してあるのは、
4年前に亡くなったという妻との思い出の品々であり、写真だった。
音楽好きだったらしく、素敵なギターが並び、珍しいレコードもたくさんあったように思う。
そこで彼は最愛の妻と過ごした日々を回想しながら、
想い出の曲をかけて、ひとり笑顔でチークダンスを踊る。
強い人だなあと感じた。
そして何よりとっても明るくてチャーミングなのが印象的だった。
到底自分は真似できない、そう思ったのを覚えている。


(飯村和彦)


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2016年07月19日

都知事選。候補者連名で東京オリンピック・パラリンピック事業予算の積算根拠を開示させ、その上で政策論議を!



これは一つの提案です。

現在行われている東京都知事選にあって、東京オリンピック・パラリンピックの膨れ上がった事業予算、運営費に関しては、主要3候補者ともに可能な限り「縮小する」との方針を打ち出している点では一致している。

招致の際には「コンパクト五輪」をうたいながら、いつの間にか総事業費が青天井になってしまっているのは周知の通り。「当初予算の3倍になる」とか、総費用は「2兆円」にも「3兆円」にもなるといわれている。にもかかわらず、ご存知の通りその積算根拠はまったく示されていない。
東京都とオリンピック組織委員会が負担し合う金額もいまだに分からず、このままではどれだけの税金が五輪に投入されることになるのか皆目見当がつかない。

ならばである。
主要3候補者とも「五輪予算を縮小する」という点では同じ目標を掲げている訳だから、いますぐにでも候補者連名でオリンピック組織委員会に積算根拠の明示を求め情報公開させればいい。




東京タワー
(photo:kazuhiko iimura)




膨大な税金が投入される一大事業であるにも係わらず、これまでに積算根拠が示されていないことが問題。それを開示させることは選挙戦中でもできることだろう。というよりもむしろ「選挙戦中だからこそ」きちんと情報を開示させるべきものだ。
その上で、積算根拠になっている各項目について、どこをどう削れば適正な予算になるのかを候補者同士で議論して欲しい。その方が建設的だし、各候補者の考え方がより明確になるはず。

オリンピック組織委員会側には積算根拠を出せない理由はなにもない。そもそも多額の税金が投入される事業なのだから、それにまつわる「情報」は「納税者のもの」に他ならない。本来ならいつだって情報開示を求め、都民や国民が知ることのできるものだ。もしなんらかの理由をつけて公表できない、もしくは積算根拠自体がないというのであれば、それこそ大問題。その場合は改めてオリンピック組織委員会の体質が問題になってくるので、各候補者はそこをきっちり追及して欲しい。少なくとも追及する手法は明示できるでしょう。

繰り返しになるが、選挙戦中だからこそできることがあるはず。
選挙戦中は「候補者」であってもその中の誰かが間違いなく新知事になる。つまり選挙戦中に表明した政策がそのまま新知事の政策になる訳だから、その意味では既に「都政」が始まっていると考えてもいいはずだ。

(飯村和彦)


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2015年08月02日

「家」をもっと大事にできたらいいのになあ


見たところ、まだ古いとはいえないような、
どちらかといえばまだ新しそうな家の解体工事。
家を壊して更地にしたうえで「宅地」として売りに出されるらしい。

多少ステレオタイプな言い方になるけれど、
多分これが「日本的」な不動産(土地や住宅)市場のありようなのだろう。
実にもったいな話だ。



解体工事



ちなみにアマーストの我が家は45年前に建てられた木造住宅。
これまでに5〜6人オーナーは代わっているが、
住宅そのものの価値はほとんど変わらない。
経済が上向き、住宅需要が高まれば、家の値段は上がる。
その際に、家の新しい古いはあまり関係ない。

より考慮されるのは、築年数よりも家の状態。
きちんと手入れされ、いい状態を保っている限り、
家そのものの価値が下がることはない。
逆にキッチンやバスルームなどを改装したりすると、
古い家でもぐぐっと値が上がったり。

「新築」でなくなった途端、
驚くほど価値が下がってしまう日本とはまったく違う。

日米にはそれぞれいいところと悪いところがあるけれど、
こと住宅に関しては、
日本よりアメリカの方がフェアなような気がする。

もちろん、国土が狭い日本にあっては、
家より「土地」…なのだうが、多分それだけが理由じゃない。
かつて建てられていた長持ちしない「お粗末な住宅」の影響もあるだろうし、
多くの日本人が「まっさら」なもの好きというようなこともあるだろう。

でも、
やっぱり何をどういっても、もったいないものはもったいない。
ますます建築資材やらなにやらが値上がりしていくだけだ。
それでなくても日本のいたるところで「空き家」問題が発生している昨今、
ちょっと考え方を変える必要がありそう。

(飯村和彦)


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2014年11月09日

訳もなく、ここは新宿・花園神社「酉の市」



仕事で東京。
特にこれといった訳もなく、
新宿、花園神社の前を通りかかったら、酉の市。
明日が「一の酉」(…とは知らなかったけれど)だから、
今晩が前夜祭なのだという。
境内には商売繁盛の熊手を商う露店が軒を並べる。
なんでも関東三大酉の市のひとつだとか…。




花園1




縁起物の熊手(縁起熊手)は、
鷲(わし)が獲物をわしづかみすることになぞらえ、
その爪を模したものだというが、じゃなんで「熊」なのか?

枯れ葉を集めたりするときに活躍する農具の熊手は、
熊の手のように爪が広がっているため「熊手」と呼ばれる。
そんな熊手だから、
幸運や金運を「かき集める」という意味を込めて、
商売繁盛の縁起物となっているというのはわかるけれど…




花園2




ならば少し調べようと思って検索をはじめたら、
大鳥神社(鷲神社)の祭神である日本武尊の話やら、
浅草酉の寺・長国寺の鷲妙見大菩薩の話やら、
仏教と神道では由来が違う…やらあれこれ。
とても短時間では「鷲」と「熊」の関係が明快にならない。
なので、もう少し時間のあるときに…ということで断念。




花園3




ともかく、酉の市の縁起熊手には、
「福徳をかき集める、鷲づかむ」との意味が込められている訳だ。
大きいものだと平気で5万円、10万円…の値段で売られる。
「つくるの大変なんでしょうね」
と、法被姿の露店のおじさんに聞いたところ、
「飾り物やら何やらを別々につくって、最後にまとめる」ので、
完成品にすること自体はそんなに手間じゃないらしい。

そんなかんなであれこれ眺めてみたけれど、
結局「縁起熊手」は買わずじまい。
もうしばらくは、福や徳は自分の手で…ということですね。
どこからか聞こえた、
手締めの打たれる威勢のいい音には心躍らされるものがあったけれど、
まあ次の機会に。




花園4


(飯村和彦)


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2014年02月28日

詩人「まどみちお」さん逝去



詩人「まどみちお」さん逝去。
104歳だった。
童謡「ぞうさん」は有名だ。

まどさんのお書きになった「百歳日記」
大好きな本で、必要なときに元気をもらえる、
「心のビタミン剤」…のような本だ。
そのなかから、数箇所、抜粋させて頂きます。




百歳日記



「何かというと嫌いだの、
ひどいだのと言ってはすぐに刃物を持ち出したり、
鉄砲を持ち出したりするようになることが
戦争の元々の原因になることが多いのだし、
それを大げさにするのが戦争ですから。
自分と反対だという人のことを、否定するのは自由だけれども、
だからダメだと言ってそいつに害を与えようとするのは、いけないことだ。
ただ、説得するのはいいことだというふうに、
いまの私は考えております。
生き物のすべてにいえることですが、
幸せというのは心が穏やかで和やかなときだと思います。
つらくて胸騒ぎがするようなときはお金や名誉があっても、
きっと不幸なのじゃないでしょうか」

「社会生活をする中で迷惑になるようなことは
絶対にいけないですけれど、そうでなければ、
見かけがちょっと悪いとかなんとなく人様にはいいづらいとか、
そんなことは問題にしないで、どんどん自分のやりたいことをする。
それが一番必要なことではないかと思います。
私はもう百歳ですがみなさんの可能性は無限です」

「百歳になるっていうことは、
百歳のいままでようやってきたなと過去を振り返ることでもあり、
これから先、
明日死んでしまうのかもしれないという現実を見ることでもあります。
どっちも見えているようで、そこには必ず涙ちゃんがいてくれる。
それだけのことでございます。
百歳はありがたい人生でした。
ラッキーな人生でした。
生かしてもらえた幸せに感謝しております。
本当にありがとうございました」

以上、「百歳日記」からの抜粋でした。
ご冥福をお祈りいたします。

(飯村和彦)


【追記】(本文訂正について)

当初、世田谷区立弦巻小学校の校歌について、
その作詞者を「まどみちお」氏と書きましたが、
正しくは「サトウハチロウー」氏でした。
我が家の子どもたちの通っていた学校にもかかわらず、
とんだ勘違いをず〜っとしていた訳です。
「世田谷線」さんからのご指摘で分かりました。
みなさん、どうも失礼いたしました。
したがって上記本文から、当該部分を削除いたしました。
(4月12日)



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2011年03月01日

日本の「記者クラブ」というものについて



引越しに備え、
昨晩、過去の取材資料の整理をしていたら、
とっても興味深い書類がでてきた。

「記事解禁
新聞、テレビ・ラジオ
5月28日 17:00」

書類に押された赤のスタンプ。
そこに、これまた赤字で記された注意書き。



行革2
(photo:kazuhiko iimura)



(↑)この書類は、1997年5月28日に開かれた
政府(内閣府だったか…)主催のある会議で配られたものだ。
書類の内容は、当時の橋本内閣(自民党)が力を入れていた
「行政改革会議」の進捗状況を省庁毎にまとめたもの。

会議の出席者は、新聞・テレビ・ラジオの編集責任者たちで、
具体的には、新聞なら「編集主幹(=社説を書くような人)」、
テレビ・ラジオなら「編集長(又は報道局次長)クラス」で、
各々、自社の報道内容に直接責任を持つ立場の人である。

当然、私(=Bloomberg TV 統括プロデューサー・当時)と
Washington Post の担当者(=多分、東京支局長)を除けば、
すべて、各省庁で「記者クラブ」に所属している報道機関だ。

私たち「海外メディア」は、ある経緯から、
その会議に「オブザーバー」として参加していた。

会議の司会(=主催者)は橋本首相の補佐官だった国会議員。
そこでは、各「記者クラブ」メディアの責任者に、
その日の夕方に「報道解禁」される内容について説明がなされる。
その後、意見を求めた上で、
「くれぐれも宜しく…」とメディア側に関係資料が渡される。

通常であれば、行政関係の報道資料は省庁ごとに、
「記者クラブ」を通じて配られる(=多くの問題をはらんだシステム)。
ところがそれとは別に、
各メディアの編集責任者を全員集め、
謂わば、“因果を含めるように…”関係資料を配布していたのだ。

政府(=行革会議)が提示した内容について、
どんなスタンス、視点で報道するかは各報道機関の判断だが、
政府側としては、少しでも「(いい)影響」を与えたかったのだろう。
ある種、「部外者」としてその会議に出席していた自分としては、
たいへん興味深い光景だった。

また、会議を主催している政府側、
そして出席しているメディア側の双方に、
“この会議室の大机を囲んでいる報道機関が「主流」なのだ”
という暗黙の了解のようなものがあったのも気になった。
この国の記者クラブ制度ってやつの最悪なところだ。

では、そんな「偉い人たち」(…当然、皮肉です)の会議に、
どうして「部外者」である海外メディアが参加していたのか。
増してや当時、日本ではまったく認知されていなかったBloomberg TVが…。
その「経緯」は、以下のようなものだった。

そもそも、Bloomberg TVなどと言われても、当時(…もしかすると今でも)
金融業界の人以外は、ほとんど知らなかった筈。
簡単に説明すれば、
ニューヨークに本社がある
Bloomberg News(=金融・経済情報に特化した通信社)が、
日本での知名度を上げるための手段として、
「24時間ニュース放送」を衛星(CS)放送で開始した。
それが1996年(試験放送期間も含む)。

私はといえば、
日本テレビのワシントン支局にいた方(=日本法人社長)と一緒に、
放送の立ち上げ業務から関わった訳だが、
想像通り、これがそう簡単なことじゃない。
ニュース映像の大半はテレビ朝日から買っていたが、
当然ながら、独自取材分も多く入れていく必要がある。
だが、放送局の性格上、
やれ事件だ、スポーツだ…という部分に重きを置く訳にもいかない。
やはり、政治・経済が主体になるから、
当然、永田町や霞ヶ関への取材が必要になってくる。

それまで日本の放送局の報道番組にいたので、
「まあ、今までと同じようにやればいい」
と考えていたのだが、これが甘かった。
立場が変われば全てが変わるという「定理」を忘れていたのだ。

そうです。察しのいい方はもう分かりますね。
そこで壁になったのが「記者クラブ」。
(注:東京証券取引所にある兜倶楽部だけは例外で、
ここはBloomberg Newsが申請したらすぐに入れてくれた)

無名の海外メディア「Bloomberg TV」では、
各省庁で開かれる会見を取材するのも一苦労。
いちいち記者クラブの幹事社に「取材願い」の連絡を入れ、
「お許し」を貰わなければいけない。
で、大抵は「じゃ、オブザーバーで」
ということになるのだが、
「オブザーバー」=「質問は許されない」

だが、
無名の海外メディアを「永田町・霞ヶ関」で認知させるには
取材実績(=あちこちに出没)を積み重ねるしかない訳で、
機会を見つけては各省庁に取材カメラを入れ、
一人でも多くの政治家にインタビューするということを繰り返した。

一方、海外の大手テレビ・新聞や大手通信社はといえば、
日本語で日本国内向けに24時間ニュースをやる訳ではないので、
当時のBloomberg TVのように「ガツガツ」取材する必要はない。
だから、「記者クラブ」に対する立ち位置も当然ちがっていて、
最近の「自由報道協会」(仮)の活動のように、
“みんなで記者クラブと闘い、問題を解決しよう”
という空気にはならなかった。
その意味でも今の「自由報道協会」(仮)の活動は評価すべき。

(備考:ただし、調査・検証報道など独自取材をしている場合は、
大事な案件を記者会見などで“質問”することは、まずしないので、
その意味においては、“どんな取材活動をしているのか”によって、
当然、記者会見の位置づけが違ってくる)

さて、
上記したような「あちこち出没作戦」を数ヶ月続けた結果、
ほとんどの省庁にある記者クラブで、
それなりに「Bloomberg TV」は知られるようになり、
たまにある代表取材で、
「国内記者クラブから一社」、「海外から一社」などという場合は、
海外からの一社として、“質問してもいい”権利をゲットしたり。
(…聞こえはいいが、大抵の場合、他の海外メディアはきていない)

そんなこんなの経緯があって、
冒頭に書いた、場違いの、
日本の「主流メディアの責任者」が一同に介す会議への参加となった。
直接のきっかけは、その数週間前に、
会議の主催者である首相補佐官への単独取材をしたからで、
そこで、
「定期的に編集主幹会議を開いているから、そこに参加したら」
という話になったのだ。

あの会議が14年前。
私はその後、Bloomberg TV の「社内文化」が肌に合わず、
一年弱で当時の(日本法人の)社長と共に退社して、
“古巣”に戻ってしまったので、偉そうなことはいえないが、
少なくとも、
海外のメディアでも、
日本の「記者クラブ」を要領よく使えば「実」を得られるのだという、
一つの方法を実践できたと思っている。

けれども、
あれから14年たった現在でも日本の「記者クラブ」は、
当時のままの「姿」で存在している。
どんな組織にも良いところと悪いところがある。
それを踏まえた上でも、
やはり、今の記者クラブ制度は問題を抱えている。
全ての取材者に開かれた場を…。
それしかないだろう。

一方、
時代の流れというものは早いもので、
衛星(CS)放送や一部のケーブルテレビジョンなどで放送していた
Bloomberg TV の日本語放送は、
2009年の4月末をもって終了したという。
スタッフの出入りの激しかった会社ゆえに、
思い出す顔は数少ない。
けれども、
昔、一緒に仕事をした人物の名前を、
Bloomberg Newsの記事(ネット)で見ることがある。
いまだに頑張っている人がいると思うと、
少しだけ、嬉しくなる。


(飯村和彦)

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2010年07月14日

龍馬、晋作、歳三…彼らの武士道とは!



「幕末武士道、若きサムライ達」
山川健一氏の本。
そのタイトルに惹かれて即座に購入した。
巻末を見ると2004年8月初版。
つまり、6年ほど前に出版された本なのだが、
歴史もの故、無論色あせることはない。
幕末・維者の人物や出来事について、
「武士道とはなにか!?」という命題の元、
大変興味深く記されている。



武士道 山川健一



例えば坂本龍馬の武士道。
(大政奉還が成就するか否か)龍馬は二条城からの使者を待っていた。
徳川慶喜が大政奉還する気がないのなら、
流血討幕あるのみだと思っていた。
そこへようやく知らせが届いた時、
龍馬は畳みに突っ伏して泣き、声をあげてこういった。

「将軍今日の御心、さこそと察し奉る。
よくも断じ給えるものなか、
よくも断じ給えるものかな。
予は誓ってこの公のために一命を捨てん」

これこそが坂本龍馬の武士道であった、と山川氏は書く。
そこには強力な人間的な魅力があるのだという。
これは高杉晋作にも、土方歳三にも、
吉田松陰にも久坂玄瑞にも、
西郷隆盛にも共通することであり、
だからこそ、同じ日本人でありながら、
彼らはあんなにも遠くへ行くことができたのだという。

「彼らとて、特別な超人ではなかった。
悩み、苦しみ、臆病な自分を叱咤激励したにちがいない。
だから、何かを信じる気持ち。
誰かを愛する気持ちが、
幕末武士道の限界を遠くてまで広げていったのではないか」

そして山川氏は続ける。

「武士の徳目は、忠誠、犠牲、信義、廉恥、礼儀、
潔白、質素、倹約、尚武、名誉、情愛である。
どれも意味深い言葉である。
そしてこれらの理念すべての上に成立した幕末武士道の本質とは、
愛することだったのだ」

さらに、

「彼らが信じたそれぞれの武士道には、
今のぼくら日本人が失ってしまった
とても大切なものがあったのではないだろうか。
とにかく、
敵も味方もなく力を合わせて新しい時代を切り拓くのだ、
そうでなければ日本という国が滅びてしまうという
…ぎりぎりの場所で彼らは動いた。
平成の日本に生きるわれわれも、
ぎりぎりの場所に置かれている意味では幕末と変わりはない」

僕らの胸の中には、幻の刀がある。
誰しもが心の闇の中で光る刀を持っている。
その刀がぼくたちに教えてくれる大切なことは、
以下の五つなのだと山川氏はいう。

その一。死の一点を置き、そこから限りある生を無限に照らしだすこと。
その二。日本の自然の懐に抱かれること。
その三。一身一命をなげうって人を愛すること。
その四。『公』という視点を持つこと。
その五。文武両道を実現すること。

そうすると、

「やがて、他とは交換不可能な、
かけがえのない自分だけの武士道が魂を支えてくれるようになるだろう」

同感である。
特に「公」のあり方が問われている昨今、
心の中の刀の教える「思想」をきちんと見すえる必要があるのだと思う。

この本では、
岡倉天心のある言葉が象徴的に紹介されている。

「もしわが国が文明国となるために、
身の毛もよだつ戦争の光栄に拠らなければならないのだとしたら、
われわれは喜んで野蛮人でいよう」

大切な言葉だ。
この言葉に寄り添って生きる。
多分それが、
恒久平和を希求するわれわれの生き方なのだろう。

「戦略核?」
「戦術核?」
「抑止力?」

いったいなんの為に必要なのだろう。
人類を破滅させるため?
大切なことは、理屈ではない。
「志」の問題のような気がする。
ひとりひとり、志が高ければ、
「野蛮人」でもいいじゃない?
卑劣な戦争をするより、余程いい。


(飯村和彦)


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2010年05月05日

坂本龍馬と千葉さな子(佐那)の墓



このところの「歴史」ブーム。
本屋をのぞけばその特設コーナーに、
戦国から近代、現代に至るまでの書籍がズラリと並ぶ。
福山さんが主役を勤める大河ドラマの影響だろう、
特に坂本竜馬の関連本は凄い。
司馬さんの「竜馬がゆく」などの有名なものから、
“図解・竜馬”的なブームに便乗した「お手軽本」まで、
それこそ何種類もの本が山積みになっている。

もちろん、いいこと。
多くの人が歴史に興味をもって、
この日本という国の成り立ちに思いを馳せることは大切だ。

最初はそれこそ土佐藩の「坂本竜馬」でいいじゃない。
そこからスタートして、
長州の「高杉晋作」、越後の「河合継ノ助」
新撰組の「土方歳三」、最後の将軍「徳川慶喜」、
穢多頭「弾左衛門」、幕府医官「松本良順」。

英国公使館通訳「アーネスト・サトウ」
孝明天皇や明治天皇、
終戦時の首相「鈴木貫太郎」等々へ、
興味の幅が広がっていけばいい。
そうなれば、さらに微細で専門的なところにも入っていける。

明治維新って?
近代化で得たものと失ったものは?
「統帥権」って?
陸軍の暴走って?
占領軍GHQの「G2」、「GS」の役割は?

いつの時代のどんなところを起点にしても構わない。
そこから縦横に歴史の世界を探検する。
するとどうだろう。
面白いことに、そうすることで歴史だけではなく、
「今」がくっきりと浮かび上がってくる。

現代を知ることは歴史を知ること。
歴史を知れば現代が分かる。
言い古されたことだけど、これって真実で本当に興味深い。

さて、
そんなこんなをダラダラ述べたところで本日の本題。
「私は坂本竜馬の婚約者だった」
と生涯いっていたといわれる千葉さな子について。
↓の写真は、彼女の眠る長野県にある墓。
場所は、甲府市にある日蓮宗清運寺である。



千葉関係



では、千葉さな子とはいったいどんな女性で、
坂本竜馬との関係はいかなるものだったのか。
この件についてはそれこそ数多くの本に書かれているから、
それぞれが好きなものを参照にすればいい。

という訳で、
ここでは司馬遼太郎さんの「余話として」から、
千葉さな子について記述したところの一部を…。



余談として



以下、「余話として」より抜粋

…剣の千葉家には、周作の神田お玉ヶ池道場と、
周作の実弟定吉の桶町道場とのふたつがあり、
たとえば坂本竜馬はその桶町千葉の塾頭であった。
…竜馬と千葉家(定吉)の娘さな子との交情について…

…竜馬は桶町千葉で剣を学んだが、ほとんど千葉家のい家族同様に待遇され、
のち諸国を奔走しているときも、
江戸にきればかならずこの千葉家を宿にした。
自然のなりゆきでさな子は竜馬に好意をもったが、
竜馬もむろん同様だったにちがいない。

かれは技能をもった才女がすきで、
それからみればさな子は娘ながら北辰一刀流の免許皆伝の持ち主である。
ところがこの恋は結ばれなかった。
竜馬はその若い晩年、最後に江戸を発つとき、
さな子から胸中をうちあけられ、
かれもおどろいた。あるいは驚いたふりをした。

なぜならば、竜馬は妙に艶福家で、
このときすでに京において「おりょう」という娘を得ており、
これを結局は妻にした。
という事情から、その事情をうちあけられもせず、
かといって恩師の娘をいたぶることもならず、
窮したあまり、

「自分は危険な奔走をしている。いつ死ぬかわからず、
だから結婚ということは考えられる境涯ではない」
と婉曲にことわり、
「しかしうれしい」などといって、
いきなり自分の着ている着物の方袖をひきちぎり、

「浪人の身でなにもさしあげるものはないが、
これを私の形見だとおもってください」
といって、
その桔梗紋入りの方袖をさな子に渡し、千葉家を去った。
その後、竜馬は死んだ。

…さな子は、維新後は、
女子学習院の前身である華族女学校が永田町にあったころの
舎監のような仕事をしていた。
教え子たちにときどき昔ばなしをし、
私は坂本竜馬という人の許婚者でした、と語ったりしたが、

明治の初年は生き残った元勲たちの全盛時代で、
物故者の名はほとんど世間で語られることがなく、
娘たちも坂本某とは何者であるかよくわからなかったそうである。

さな子は、竜馬の「妻」として生涯空閨をまもった。
さな子自身も、
京や長崎で奔走する竜馬にはおりょうという者が存在したということを
おそらく知らなかったにちがいない。

…自然石の墓碑に、「千葉さな子墓」ときざまれ、
碑の横側には、「小田切豊次建之」とあり、
さらに「坂本竜馬室」と、刻まれている。
さな子は生涯、竜馬の妻のつもりでいたらしいが、死後、
墓碑によってその思いが定着した。



以下3/22・読売新聞より抜粋

坂本龍馬が江戸で剣術修行中に知り合い、
婚約したとされる千葉佐那(さな)が、飛び切りの美人だったとの記述が、
愛媛県に残る宇和島藩8代藩主・伊達宗城(むねなり)の記録、
「稿本藍山公記(こうほんらんざんこうき)」にあることがわかった。

龍馬研究者の宮川禎一・京都国立博物館学芸部室長が確認し、
「同時代史料で確認できたのは初めて」と話している。

佐那は北辰一刀流の達人千葉周作の弟、定吉の娘で、
定吉の道場に学びに来た龍馬と知り合い、
婚約して結納を交わしたとされる。

公記は宗城の直筆の日記などから明治期にまとめられたもの。
安政3年(1856年)6月19日の項で、当時19歳だった佐那が、
「世子殿」(9代藩主宗徳、当時27歳)の剣術の相手をして打ち負かしたくだりに
「左那ハ、容色モ、両御殿中、第一ニテ」などとあった。

伊達家の御殿は江戸に2か所あり、
出入りする多数の女性の中で、
宗城が佐那を一番の美人とみていたことが読み取れる。

安政3年は佐那が龍馬と知り合った少し後で、
伊達家の姫君の剣術教師だったらしい。



以下、4/25・スポニチより抜粋

坂本龍馬の婚約者だったとされ、
NHK大河ドラマ「龍馬伝」では貫地谷しほり(24)が演じる
千葉佐那が眠る清運寺(甲府市朝日)の墓参者が急増している。
これまで年間200人程度だったが、
番組開始以降は1000人を突破。龍馬を思い続け、
生涯独身を貫いたいちずさに魅せられ、
墓前で永遠の愛を誓うたカップルも多いという。

番組に佐那が登場したのは1月24日放送の第4話。
以降、墓参者は後を絶たず、
清運寺では3月に急きょ道標を設けたほど。
20代以上のカップルが目立つようになり、
田中宏昌住職は、
「お墓の前で永遠の愛を誓われているようです。
以前はこんな光景は見られませんでした」と驚いている。

佐那は北辰一刀流を開いた千葉周作の弟、定吉の長女。
剣術使いとして、男性を寄せ付けず「千葉の鬼小町」と呼ばれた。
それを一変させた出来事が、剣術修業で土佐から江戸に上り、
定吉の道場に入門してきた龍馬との出会い。
福山雅治(41)が演じる龍馬に、
いつも真っすぐな視線を向けて、
いちずな思いを表現する貫地谷の演技は見せ場の1つだ。

以前の清運寺は、
剣術向上などを目的とする墓参がほとんどだったという。
田中住職は、
「佐那はただいちずなだけではなく、
剣も琴も絵もお灸(きゅう)も得意とする才女。
このドラマで初めて人柄を紹介されて、
魅力に気付いた方も多いと思います」
佐那は板垣退助にも灸の治療を施したといわれる。

龍馬が姉の乙女にあてた手紙にも佐那の記述がある。
広末涼子(29)が演じる初恋相手の平井加尾よりも
「かほ(顔)かたち少しよし」
その後、龍馬は京都で出会ったお龍と結婚する。

佐那は、龍馬が死亡したことを伝え聞いた後も思いは曲げず、
1896年に58歳で亡くなるまで独身だった。
清運寺の墓は東京・谷中にあった墓地から分骨して建てられた。
JR甲府駅から徒歩13分ほど。
自然石の墓石の裏には、
龍馬の妻を意味する「坂本龍馬室」と刻まれている。


(飯村和彦)

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2009年10月02日

「コンビニでタバコ一箱を奪う」という事件記事



これはいったいどういうことなのだろう。
10月2日付けの朝日新聞に、
「コンビニでたばこ奪う、容疑の男を逮捕」
という小さな記事があった。
行にして僅か18行、240文字ほどのものだがとても気になった。

逮捕されたのは26歳の男で、犯行の動機については、
「金が無かったが、たばこが吸いたかった」
と供述しているらしい。
以下、記事の一部(というか大半)を抜粋してみる。

〈…(略)
新宿署によると、容疑者(新聞では本名を記載)は、
午前10時20分ごろ、新宿区歌舞伎町一丁目のコンビニエンスストア
「ローソンベストウェスタン新宿店」で、
女性店員(25)にカッターナイフを突きつけ、
「金が無いから(たばこを)よこせ」と脅し、
店員が差し出したたばこ一箱と、
レジにあったライターを奪って逃げた疑いがある〉

さて、この記事がどうして気になったのか?
まず、最初に感じたのは、
「どうしてこの事件が記事として新聞に載ったのか」ということ。
そして、その理由を、
今盛んに言われている「格差社会」の一端を表すためなのか、
とも推量してみた。
たった一箱のたばこを手に入れるにも
犯罪を犯さなければならない。
そんな状況に置かれている若者もいるのだ…と。

しかし、改めてその短い記事を読み直して、
最初の思いは即座に消えた。

26歳の男がコンビニで、
「金が無いから(たばこを)よこせ」と脅し、
店員が差し出したたばこ一箱と、
レジにあったライターを奪って逃げていく光景を想像すると、
そこには、「格差」などという背景は皆無のように思えた。
これはあくまで「心象」だが、

「ああ、一服してぇー。金ねぇーけど、まあコンビニにあるな…」

というような軽さというか、
無軌道な行動しか思い浮かばない。
浅薄で軽薄。
善悪の判断であるとか、
思慮のなさであるとか、
そんな次元以下の行為のように思えたのだ。

極端な話になるが、
例えばこれが終戦直後の社会状況であったらな心象は当然違う。

1945年10月29日に、戦後第一回の宝くじが発売された。
国家公務員の給与が月最低四十円(1945年末段階)の時代。
一等、十万円(100本)
二等、一万円。
三等、千円。
四等、五十円。
五等、二十円。
副賞にはそれぞれ、純綿のキャラコ(下着のこと)。
そして、外れ券4枚で「たばこ10本」が貰えたという。

それも、宝くじ一枚が10円という、
当時にしてはかなり高額だったことを考えれば、
いかに「たばこ10本」の価値が高かったが伺える。
もしそんな状況下での、
「金が無いから(たばこを)よこせ」であったなら、
(幾分強引な言い回しだが…)理解できなくもない。

それでは、26歳の男がコンビニで奪ったものが、
「たばこ」ではなく「おにぎり」だったらどうなのか。
「金は無かったが、おにぎりが食いたかった」
というのが犯行動機であれば、受ける印象は多分、まったく違う。
もしかすると新聞読者の中には、
「盗んだことは悪いにしても、
おにぎり一個も買えないなんて、可哀想…」
というような感想をもつ人もいるかもしれない。
記事の書かれ方にもよるが、
それは十分考えられることだ。


社内ステッカー


先週だったか、車上生活をしている男が、
「ポリ容器」に入れてあったガソリンを盗んだ、
という事件もあった。
この件では、被害者の対抗策(…というか上手い罠)、
つまり、
「絶対また盗みにくるから、容器に水を入れて待っていた」
という作戦が見事にあたり、
犯人は、ガソリンタンクに盗んだ「水」を入れ、
車がエンストしたところで取り押さえられた。

この容疑者の年齢は忘れたが、
その犯行行為を想像すると、
犯行に至るまでの男の生活であるとか、
あたりに気を配りながら、
ポリ容器から自分の車にガソリンを注ぎ込んでいる表情などが思い浮かぶ。
それは、空虚で浅はかな「たばこ強奪」の男とは明らかに異質のものだ。

周到のようだが、どこか間抜けな生活苦で疲弊した男。
もし、そこまで思いを巡らす読者がいたとすると、
ごく小さな記事でも、
事実を伝える以外に、
正誤とは別の“心象”として、
「何かを訴えた(…または訴えてしまった)」ことになる。

読者は、良くも悪くも記事を読んで「勝手に想像」する。
当然ながら、ひとりひとり想像は同じではない。
考え方も違う。
行動様式も違う。
主義も異なれば、生活環境も違う。

従って、
事実(とされること)を「たった18行」で伝えただけでも、
その記事のもつ意味は計り知れない、ということになる。
だから、
伝える側は何をどう伝えるかを注意深く吟味する必要があるし、
読者も、書き手(…というかその記事を載せた報道機関)の意図を、
自分なりに考えることが大切になる。

「事実(とされること)」は、伝えられる内容だけでなく、
新聞なら新聞が、
どうしてその事実を「伝えるべきもの」として「選択」したのか。

一面に載るような大きなニュースではない、
ごく小さな記事を理解する場合、
少し砕けた表現でいえば「楽しむ」ためには、
特にそんな読み方が大事になる。
だから、
たった数行の記事でも、ないがしろにはできない訳だ。


(飯村和彦)

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2009年09月05日

16年前と同じ轍は踏むな!


小沢氏


16年前は、失敗に終わった。

1993年。
自民党を飛び出した小沢氏は、
細川氏を首相に担いで非自民連立政権を樹立。
自民党を野党に追い落とした。
しかし、そんな非自民政権は約10ヶ月で崩壊した。

1993年といえば、
アメリカでは、
「政権の最優先課題は米国経済の国際競争力の強化」
を訴えたクリントンが大統領に就任した年。

クリントンは、政権発足早々、
軍事的安全保障と並んで、
“経済安全保障”という考え方を打ち出し、
金融・経済政策の最高意志決定機関として、
「国家経済会議(NEC)」を創設。

その後アメリカは、
経済の主戦場を政府間交渉(貿易交渉)から
国際金融市場に軸足を移していった。

「面白いことに、第一次クリントン政権では、
それまで常に重要視されてきた、
国家安全保障会議がそれほど重要とはされず、
新設された金融・経済分野を統括する
“国家経済会議”(NEC)が重視されていました」

第一次クリントン政権で国防次官補を務めた
ジョセフ・ナイ氏は、
私たちのインタビューにそう語っていた。

クリントンが冷戦後の国益をかけて、
新たなる経済戦略の体制を整えている頃、
日本の永田町は激震。 
この年の国会は、
「政治改革を最優先課題にする」という
宮沢首相の施政方針演説で(1993年1月)始まったが、
3月には金丸前副総裁による巨額脱税事件が発覚、
国民の政治不信は一気に高まった。

「変革と実行」
を政治スローガンに掲げていた宮沢首相だったが、
選挙制度改革に失敗。
小沢氏ら、党内改革推進派の反逆によって
内閣不信任案が可決(6/18)された。

自民党の分裂。
この瞬間38年間続いた自民党による一党支配、
世にいう 55年体制は崩壊。
そして93年の8月9日。
「責任ある変革」を旗印に、
非自民による細川連立内閣が成立した。

時は、バブル崩壊から2年。
シャンパンで乾杯をする平均年齢59.4歳の細川内閣。
プロンプターを使った記者会見。
ピンクのポロシャツでテニスに汗を流し、
国際会議ではブランドもののマフラーを粋に巻いて見せた。
そんな細川首相の姿は、
なとなくだが新鮮に見えたものだった。

日本の政治も新しい時代に入ったのか…。

このとき国民の多くは、
「新しい可能性」に期待を膨らませ、
日本の若きリーダーの手腕に少なからず賭けた。

事実、
細川とクリントンによる初の日米首脳会談では、
当時、包括経済協議のポイントとしてアメリカが強く求めていた、
(自動車部品等の)輸入量の目標を示す「数値目標」をめぐり決裂。
細川は一連の貿易交渉で、
アメリカに「NO!」を突きつけた、初の首相となった。

「1993年に自民党の一党独裁が終わると、
一瞬でしたが、“もしかしたら日本に、
本当の主権を持つ独立国として、
独自の政治の枠組みが生まれるかも知れない”
という光が見えました」
こう私たちに語ったのは、通産省の研究で知られた、
UCLAのチャーマンズ・ションソン教授だった。

ところが、
新鮮に見えた細川連立政権も、すぐにその脆弱さを露呈。

「腰だめの数字だが…」として、
1994年2月2日深夜の会見で
“国民福祉税7%”という政策を打ち出したが、
猛反発にあって翌日には撤回。
1994年4月、辞任に追い込まれた。

結局、
「改革」を旗印にした細川政権は8ヶ月で崩壊。
細川の後を受けた羽田内閣もわずか2ヶ月で瓦解した。

その後、
自民党主導で社会党の村山氏を首相にした
「自社さ」連立内閣(1994年6月)が発足。
以降、今日まで、
自民党は政権与党の座にしがみついてきた。

この16年間で、
日本の政治は事実上停滞、もしくは悪化した。
そう考える人も少なくないだろう。

「政治改革」に始まって、
「行政改革」
「構造改革」

この間、自民党は、
好んで「改革」という言葉を使用してきた。
しかし、麻生氏が率いた自民党では、
その「改革」の文字さえ、
党のキャッチコピーから消え去った。
つまり、
これらの「改革」が、
「絵に描いた餅」に過ぎなかったことの証左だ。

そして「政権選択」選挙が終わり、
今、民主党が新たな政治を推し進めようとしている。
自分たちにとって、
自分の子供たちの未来にとって、
どんな政治がbetterなのか。
耳に優しい政治家の言葉に惑わされることなく、
本質を見抜く努力を続けよう。


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(飯村和彦)

DO IT! New York Photo

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2009年04月13日

所謂、「大食い」について



ここ数年、「嫌だなあ」と思っていることの一つに、
「大喰い」がある。
テレビ番組でも何故か根強い人気があるらしく、
大喰いを売りにしたタレントまで登場。
日本中で数々の食材や料理を一度に大量に食べていく。


海老4


なかでも特に首を傾げざるをえないのが、
“大食い競争”的なもの。
ある番組では、制限時間のもと、
参加者が料理を次々に平らげていく。
「お代わりお願いしま〜す!」
手を挙げては、ただただ食物を口から腹の中に流し込んでいく。
「牛肉ステーキ、5キロ突破!」
なんてものもあれば、丼ものでは、
「米に換算して10キロを完食!」なんて具合になる。

常識的に考えて不自然極まりない。

“旨いものを腹いっぱい食べる”
これは誰もがもっている欲望だろうし、
時々の体調やら懐具合やらが許すのであれば、
否定すべき態度ではない。
けれども、
あの“大喰い”はまったく違う。

番組によっては、
「食べ物を大切にする気持ちで…」
「医師の管理の下で実施」
「特別な人にしかできないので真似をしないで…」
などと注釈が入ったりもする。
だが、“特別な人”とはどんな人のことなのか、
医師がどんな管理を行なっているのか、
いったいどんな態度で“食べ物を大切にしている”のか、
まったく説明されない。

“大喰い競争”に参加するタレントや参加者は、
多くの場合、スラリとした体型の人が多い。

一度に5キロ、10キロもの食料が胃の中に入った場合、
その後、体はどんな状態になるのか。
医学的に体調はどう変化するのか。
参加者は、料理を食べた後、どんな行動をとっているのか。
平らげた料理はきちんと体内で消化されているのか。

それらを隠さず、全てを詳らかにすべきである。
間違いなく、そんなことは出来ないのだろう。

ガツガツと肉を噛みながら、
「美味しい!」
水で、肉を胃に流し込んでは、
「お代わりお願いしま〜す」

まったく正しくない。
懸命に食材を作っている人たちに失礼でしょう。
食べ物を自由に手にできない人たちが見たら、どう感じるでしょう。
参加している人も、自分自身や食物をもっと大事にして欲しい。
短時間で沢山の食物を“体に入れること”。
それって、重要なことでもなんでもないでしょう。


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(飯村和彦)


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2008年07月21日

奥深いラグビーという競技



このところ、
訳あってラグビーについて取材している。
詳細は、いづれ…。
兎も角、ラグビーという競技は非常に奥深い。
刹那刹那に興奮できて、
ワンプレー、ワンプレーに達成感を味わえる。


ラグビー1


サッカーだと、
いくら素晴らしいパスを出しても相手に取られたら、
「あーあッ」ということになるが、
ラグビーの場合、
ある素早いプレーの後相手に潰されても、
そのプレーで前進していればプレーは成功。
つまり、
プレーの一つ一つに完結性があるので、
観戦していて「ウォーッ!」という気分を何度も味わえる。


ラグビー2


ラグビーシーズンは秋から。
それまでにもう少し知識を蓄えて、
トップ・リーグ開幕(9/5)を迎えたいもの。
子供たちも興味を持ったようなので、
今年は、秩父宮に足を運ぶ回数が増えそうだ。

ONE FOR ALL, ALL FOR ONE!
ベタないいまわしだが、悪くない。


(飯村和彦)


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2008年07月13日

そのまま死んでしまう? 



その彼だか彼女は、
門扉の横、とある植物の茎に、
↓のようにぶら下がっていた。
昨日、
朝、学校へでかける子供たちが発見した。


幼虫


多分、アゲハかなにかの蝶の幼虫。
その状況を見たときは、
「蛹(さなぎ)になる途中なのだろう」
と思い、子供たちとは、
「できるだけそっとしておこう」
という話になった。
で、その「成長」を観察することにした。

ところが、きょう。
娘をともなって蝶の幼虫のところに行ってみると、
これがまったく変化なし。
蛹に姿をかえていく気配すらない。
そこで幾分不安になった。
「生体反応はあるのか?」
きのう見たときには微かに動いていたような気がしたが、
現状からして、そんな記憶もあやしい。

しかしながら、
今更あれこれちょっかいをだすというのも気が引ける。
緑の色はどう?
ということは、これから…?
まあ、どちらに転ぶにせよ、遅かれ早かれ答えはでる。

娘はといえば、
どんな根拠をもってのことだかは知らないが、一言。
「これ、まだ死んでないよ」
兎も角、「変化」を待つだけだ。
風雨や日照りに負けず、
ずっと茎にぶら下がっているだけでも、
大したものだし。


(飯村和彦)


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2008年06月30日

北極点の海氷とCO2と未来像



今年の夏、
北極点の海氷が有史以来はじめてなくなるかもしれない。
コロラド州の研究者がそんな予測を出したという。
地球が、喘ぎ苦しんでいる一つの象徴のように思える。
温暖化防止、CO2削減…。
そのために実行できることは山ほどあるだろう。

今朝の朝日新聞には、この他にも、
CO2削減に関する記事が数本掲載されていた。


朱色の空とWTC


早稲田大学は、
九つあるキャンパスから排出されるCO2削減を進めるため、
電気・ガスの使用料を減らしたキャンパスが、
削減額の半分を学生への奨学金として使えるようにするという。
目標は、12年度までに約10%のCO2削減だそうだ。

また、東京大学では、
キャンパスにある約3万6000台の照明器具を、
08年度中に消費電力が半分ですむ機種に交換するという。
自分たちにできることから始める。
素晴らしい試みだ。

では、国や行政機関の方はどうだろう。
このところ議論になっているのがコンビニの深夜営業の規制だ。
現在、全国の10の自治体が、
コンビニの深夜営業の規制や自粛要請を検討しているらしい。
これに対してコンビニ側は、
「16時間に営業時間を短縮しても、
CO2削減効果は0.009%(国内全体で見た場合)しかない」
として反発している。

さて、ここで一考。
CO2削減のためには、それぞれが、
自ら進んで”出きることから始める必要がある。
つまり、誰かに強いられてやるのでは効果が出難い。

その意味では自治体によるコンビニの深夜営業規制は、
たとえ実施されたとしても効果に期待できない。
これが、コンビニ側から出た提案であったなら、
「いいじゃない」という思いにもなるのだが、
自治体の要請では話にならない。
ならば、国や自治体はどんな努力をしているのか、といいたくなる。
例えば日本全国の役所も、照明機器を省エネタイプにでもしてみたら?
「居酒屋タクシー」にお世話になっている霞ヶ関は、
“自ら進んで”どんな省エネ対策をしている?
自分たちのことは棚に上げ、他に対策を求めるばかりじゃない?

無駄をなくすといっても、どうでもいいようなところばかり。
マッサージチェアやグローブ等々の購入は控えるとしたが(当然だ!)、
無駄な道路はつくり続ける。
技術革新で飛躍的に進化した太陽電池が開発されても、
この国の電力政策の根幹に変化はない。
毎年、数百億円もの莫大な電力予算が、
原発関連(自治体への補助金や“箱モノ”建設等々)に使われている。
その半分でも代替エネルギー開発に回せば、
未来像は確実に変わってくるはず。
それだけの知恵と技術開発能力を人間は持っているのだから。

ビルの壁や天井の表面が全部、タイルではなく太陽電池になったら?
個人住宅に応用できることも沢山あるに違いない。


タクシー3


数年前、京都のあるタクシー会社の省エネ対策を取材した。
そのタクシー会社では、
自分たちで考案・開発した「風車」をタクシーの屋根につけ、
走行中に(風力)発電。
夜間の行灯や料金表示灯のほか、
乗客への携帯電話充電サービスなどに活用していた。
とってもいいじゃない?
風車がつくる電力は大きなものではないが、
間違いなく、省エネや乗客サービスに繋がっている。
なにより、そのタクシー会社が、
自ら進んで出来ることから始めた”というのが意義深い。
そこには確固たるメッセージが載っている。

自動車そのものも凄い勢いで進化している。
あるメーカーは、
エンジンが発する熱を走行に利用する技術を開発中だという。

大切なのは、ことの大小じゃない。
それぞれが考えて能動的に動き、実行すること。
そんな行動が積み重なれば、
とっても大きな流れになるはずだから。


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夜の幻想アベニュー

(飯村和彦)


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2008年03月27日

グランドに「礼!」



息子やチームメイトにとって、
小学校最後の試合が終了。
走って走って走って、勝利する。
素晴らしい時間だった。

試合後はいつものように、
相手チームに対して「礼」。
自分たちのコーチや家族に対して「礼」。
そして、
小学校3年生のときから
4年間世話になった「グランド」に「礼」。


サッカー礼


4月からは中学生。
進む学校の違いや、
選んだクラブチームの違いで、
息子とその仲間たちは、
それぞれ別々のチームに分かれていく。

ある子供は進学した中学校の「部活」として。
別の子供は、地域のサッカークラブの一員に。

けれども、
同じチームで過ごした4年間は、
彼らに最高の「記憶」を残した。
それから、
当然のことながら、
みんな、信じられないほど逞しくなったし…。


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(飯村和彦)


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2008年01月04日

賀正!



新しい年。
新しい空気。
新しい…、全て。


山


謹賀新年。
で、
猫たち、走る。
ねずみどしだから?
…でもあるまいに…。


猫二匹
(撮影:娘)


本年が、
皆様にとって、
素敵な一年でありますように…。


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(飯村和彦)


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2007年12月29日

良き年末、そして!



来る2008年が、
すべての方々にとって、
最良の年になることを祈っております。


ダチョウ


また、来年!
そして、再会を…。


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(飯村和彦)


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2007年10月15日

渋谷から六本木を眺めた



さて、
ご存知の通り「秋」である。
↓は、渋谷からの風景。
奥には、六本木ヒルズ、東京タワーが見える。


渋谷の街


この季節、
東京でもそれなりに空気が澄む。
だから、ガラス越しでも、
輪郭のはっきりした風景を楽しめる。

また、見慣れた街を、
普段と違った角度から眺めるのはいいものだ。
「何か」を改めて実感できるから。
そして、
その「何か」を求めて、また奮闘する訳だ。


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(飯村和彦)


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2007年09月13日

「○○」の耳は“ラマ”の耳…?



ラマ


閑話休題…でもないか。
ともかく、
疲れたら、
暢気なラマの顔でも眺めてリラックス。
責任を放り出して、
“入院”なんて出来ないから。

【追記】
このところ、コメント欄のレスが滞っています。
申し訳ありません。

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(飯村和彦)


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2007年08月24日

夏の打ち上げ花火



多摩川の花火。
屋上からの眺めは、
遠くて、近い…。


花火1


出来れば、
きちんとしたカメラで撮りたかったが、
こればかりは仕方ない。
小さなデジカメにて撮影…。


花火2


人混みから眺める花火には閉口するが、
遠くからならwelcome。
都会の夏も、
まんざらでもない…と思える瞬間である。


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(飯村和彦)


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2007年07月30日

安倍さん、どうして辞めない?+(7/31追記)



選挙結果を尊重しようともしない。
有権者の「意思」など、どうでも良いのだろうか?
つまり、
「民意」より、「己」ということ。
この国のリーダー(?)は、
民主主義の基本を理解していないようだ。


80385a08.jpg


↑の掲示板が撤去されるまでには、
安倍総理の「続投宣言」が撤回される?
さてどうか…。
今更、「潔さ」を期待しても仕方ない。

多くの国民の「憤怒」の表れか、
東京の空では、雷が轟く。
ゴロゴロゴロ…と。


【追記】

本日(7/31)の、
自民党総務会(=党の最高意思決定機関)では、
安倍さんの「続投宣言」に異を唱え、
退陣を促す意見が多数でたという。
当然といえば当然である。

「首相は、
『私か(民主党代表の)小沢さんかの選択だ』と訴えた。
これを私どもは、どう説明するのか」(石破茂・元防衛長官)

無論、
安倍さんが続投するのであれば、説明はつかない。
自民党幹部の面々も、
最低限の現状認識はできているということ?
となると、
安倍さん周辺だけが、頑な(=非常識)で、
世間の空気を読めないのか。

もちろん、
この総務会での幹部の方々の発言が、
自民党の得意とする、
「一応、党としては異は唱えました」的な、
“世論向け”のポーズでもあるのだろうが…。




(飯村和彦)


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2007年07月24日

路上にて…「246」



参議院議員選挙まで、
もう少し。
選挙権のある人は、
きっちり考えて、
貴重な一票を!

東京では、
選挙権を「放棄」していたような人物が、
立候補している。
これは、論外だろうなあ。
丸川さん、どういう了見? 


246


余談。
沢木耕太郎さんが、
「246」というタイトルの本を出していた。
時間を見つけて読まねば…。




(飯村和彦)


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2007年07月18日

3輪バイク!



経済誌などには、
“団塊世代に人気”とあった。
多分、
そういう記事が受けるから。

団塊だろうが、
なんだろうが、
好きな人が欲しいだけ。


3輪バイク


されど、
乗っていて、
安定していそうだから、
個人的には嫌いじゃない。



(飯村和彦)


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2007年07月17日

歌舞伎俳優の顔



国立劇場。
その2階ロビーに居並ぶ、
歌舞伎界の巨星たち。

さて、
下の4人。
誰が誰だか分かりますか?


歌舞伎1


歌舞伎3


歌舞伎2


歌舞伎4


本来なら、
ここで「答え」を記すべき。
ところが、
私自身も不確か故、
答えはなし。

いづれも高名な方の「お顔」なので、
ご存知の方も多いでしょう。




(飯村和彦)


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2007年07月15日

東京の空、一時晴れ



夕方、
突然、部屋の中に陽が差し込んだ。
久しぶりに見る、
キッパリとした輪郭。
そこで、屋上へ…。


東京の空


梅雨の晴れ間?
まあ、
明日は、晴天らしい。



(飯村和彦)


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2007年06月15日

NOVA、反省なし!



これだけ社会的な問題になり、
被害を被っている受講者が多数いる現実を前にしても、
NOVAにとっては、
“謝罪”よりも“弁明”の方が重要なのだろう。
彼らのホームページを見ると絶句する。
一番目に付くのは、言い訳だ。


クロアゲハ


「改善」に関する長い文章がある。
過去の行状を見れば、
実効性に疑問が残るものばかりだが、
まあ、それはそれとして、
一点気になった部分がある。

NOVAは、
現在、問題が指摘されている、
“予約制やポイント制…等々”について、

これらはすべて、
生徒の皆さまからのご要望にお応えし、
カタチにしてきた仕組みです


として、
責任の一端が、利用者にあるかの如き論法を展開している。
これはどう考えても詭弁である。
また、
「当社に関する苦情・相談件数が多いとのご指摘」については、
誠に遺憾であり…」としている。
冗談じゃない。
何が「遺憾」なんだ?

ともかくこの会社、
一刻も早く退場させるべき。
レッドカードである。
さもないと、子供たちにまで被害が及ぶ。

知っていますか?
NOVAは、小学校の英語教育にまで手を伸ばしていることを!

「安さ」が売りのNOVA手法は、
自治体や教育機関が行う「競争入札」でも優位だったのだろう。
「質」は度外視、ともかく“安く”!
そんな会社が、
小学校で子供たちに英語を教えている。
とっても心配…、である。
業務停止命令を、
NOVAの行なう学校での授業にも適用すべきではないのか。


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(飯村和彦)

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2007年06月06日

ジャンクな法案で国づくり?安倍内閣



「政治と金」の問題にしろ、
「失われ“続ける”年金」問題にしても、
責任だけは、
どんなことがあってもとりたくないらしい。
挙句、
まったく! 具体的な論議をしないまま、
「ジャンク(=ごみ)」のような法案を、
さっさと作って強行採決。

臭いものに蓋…の、いつもの手法ながら、
その「蓋」が、
ジャンクな法律じゃどうしようもない。

年金について、5000万件を1年で調べる?
冗談はやめて欲しい。
絶対に!実行できないことを、
作ったような“真顔”でしゃーしゃーと語る。

年金など、多分、
政府の方々にとっては他人事なんだろうなあ。
そうとしか思えない。
でなければ、
ここまでいい加減なこと、できないだろうから。

↓は、
アメリカ高速道路沿いの「ジャンクヤード」


ジャンクヤード


そういえば、安倍総理。
多摩川で、
「ごみ拾い」のパフォーマンスをしたらしい。
その時のこと。

地元の子供たちは、
いつもの活動そのままに綺麗にごみを拾った。
けれども、
安倍さんの“拾うはず”だったごみも、
子供たちは、
当たり前のように拾って綺麗にしてしまった。
結果、
パフォーマンスでごみを拾いたい、
安倍さんのごみがなくなった。

それでどうしたかた言えば、
子供たちが拾ったごみを、
パフォーマンス用に、
また、ばら撒いたそうだ。

そんなごみを拾って、
総理のパフォーマンスがやっと成立。
「美しい国」づくりも、
大変だ。
けれども、
一度拾ったごみを、
またばら撒くことを命令された子供たちは、
どんな「教訓」を得たのだろう。

パフォーマンスもいい加減に!
ごみを拾うなら、
パフォーマンスではなく、
本気で拾えば共感も沸くのに。
つまり、
「本気」じゃないってことなのか?

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(飯村和彦)


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2007年05月06日

逃亡中の悪魔たち



きのう、
神奈川県の、
ある駅に貼ってあるのを見かけたので…。


d549e821.jpg


日本中、
津々浦々に貼られているであろう顔写真。
狂気集団「オウム真理教」の殺人犯のものだ。
年と共に、
人相も変わるだろうし、
連中自身も人相を変えているだろう。
つまり、もしかすると、
↑の古い顔写真が、
連中の逃亡を、
逆に助けてしまっているとも考えられる。

なんとも歯がゆい話だが、
諦めたら負け。
狂気を野放しにして言い訳がないから。


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(飯村和彦)

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2007年04月30日

東京ミッドタウンも新丸ビルも…嫌だなあ



きのう、日曜日。
38階建て複合ビル、
「新丸の内ビルディング」(通称・新丸ビル)オープン効果で、
東京・丸の内地区の人出が、
昨年の3〜4割増しとなったという。

3月末にオープンした、
↓六本木の東京ミッドタウンにしてもそうだが、
どこもかしこも、芸がない。
経済効率もいいが、
特徴のなさには飽きれるばかり。


ビル1


こんなものが、
都市のあちこちに出来てしまう日本は、
これから先、
どうなってしまうのだろう。

複合ビル(もしくは地域開発)の担当者に言わせれば、
「他のビル開発、地域開発とは、ココが違う!」
と、各々が各々なりの特徴を述べるのだろうが、
ザックリ言わせて貰えば、
出来上がりの印象は、どこも同じだ。


ビル2


アメリカに無数ある、
巨大モールと大差ないばかりか、
サイズが小さい分、狭苦しい。
おまけに、
人が忙しなく動いているので、
落ち着かない。


ビル3


客寄せは、ブランドショップに、
各種のレストラン。
それぞれのレストランは美味しく、
本来は、特徴ある店なのだろうが、
ガラスのビルに並んでしまうと、
興ざめである。
「食の趣」はない。


ビル4


ビルに行って、
ビルの中を歩いて、
それで疲弊する。
嫌にならない?

そうそう、
東京ミッドタウンの一階の特等席(?)には、
見事!「スターバックス」が入っていた。
特徴の“希薄さ”が、
その一点に象徴されているようで、
ここだけは、可笑しかったなあ。


(飯村和彦)


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クリオネ、味はないらしい。



「なんの味もしない」
それが、
クリオネの「味」のようだ。
つまり、
食べるような生き物ではない…、
ということ。


クリオネ2
(品川水族館にて)


(飯村和彦)


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2007年04月07日

「こうぞ」、和紙の原料だ!



5b8b3fda.jpg


柔らかな色合い。
日本的?
思い込み?
いいじゃない?


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(飯村和彦)


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2007年03月27日

安倍さん、「思慮深く」…無理?



国民投票法案、
正確には、
「日本国憲法の改正手続きに関する法律案」が、
今国会中に成立する見通しが強まった。
…というか、
強まってしまった!


花反転


何をやってもパッとしない安倍総理。
ならば…ということで、
せめて“自分らしく”国民投票法案を!
ということなのだろう。
しっかりした国民的議論など、
するつもりもないらしい。

支持率が30%しかない安倍内閣に、
どうして、そんな決断ができるのだろう。
あの「ナントカ還元水」の、
松岡大臣を辞めさせる決断はできないのに、だ。

そもそも安倍さんは、
小泉氏から、
総理の椅子を譲ってもらっただけの人物。
つまり、
“国民の信任”を得て総理になった訳ではない。

やはり、
一日も早く総選挙を実施して、
“思慮深い国民”の、
信を問うべきである。


(飯村和彦)


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2007年03月24日

馬術は楽しい!



8591863b.jpg


娘曰く、
一番好きな動物は、
「馬」だそうだ。
将来は、馬術部か…。


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(飯村和彦)


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2007年03月21日

「ふきのとう」を、庭で発見



周辺には、
「つくし」も沢山…。

41c76f73.jpg



(飯村和彦)


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2007年03月19日

13年前と同じ?北朝鮮の核



米朝合意へ…!
↓の記事は、昨日今日のものではない。
13年前の読売新聞の記事である。

北朝鮮の核施設の凍結等と引き換えに、
軽水炉支援や重油の提供など、
北朝鮮とアメリカの合意事項が報道されている。


北朝鮮新聞


あれから、13年。
同じ過ちを、
繰り返さなければ良いのだが…。


(飯村和彦)

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2007年03月17日

見苦しい松岡大臣の言い訳



No.36
Cop out
つまらない、理由にならない言い訳をいって止める

Ex: Oh! He copped out.
奴は、愚にもつかない言い訳をいって、逃げた(止めた)。

本来すべきこと、
または、やろうとしていたことを止める際に、
つまらない、
理由にならない言い訳をいって止めること。
また、仲間との約束を、
変な言い訳を使って破る行為など。



黒人



見苦しい松岡大臣の言い訳

松岡農相は16日の閣議後会見で、
光熱水費の内訳を証明するための領収書を、
「持っている」と述べた。
彼の言うところの、
『何とか還元水』
を購入した証拠なのか?

にも係わらず、現時点での内容説明については、
「法律で定められた以上のことをするのは、
判断がつきかねる」
として、改めて否定した。

冗談じゃない。
よくもまあ抜けぬけと…。
「詭弁を弄する」とはこんなことなのだろう。

まさに、
He copped out.(理由ならない言い訳を使って、逃げた)

当たり前の社会なら、
即刻レッドカード、退場処分のはず。
ところが、
現内閣、現総理には、
そんな“当たり前のこと”ができない。

安倍総理は、きのう、
恥ずかしい行為かどうかは、
「それぞれの受け止め方」
として、これまで通り松岡大臣を擁護した。
つまり、
安倍総理は、松岡大臣の行為を、
『恥ずかしい行為ではない』
と判断している訳になる。

信じがたいことだが、
それが現内閣内の倫理観なのだろう。
間違っても、
子供たちには伝えられない。
こんなことで、
「美しい国」が創造できるのか?
何が美しいものか、話にならない。


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(飯村和彦)


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2007年03月10日

身近な新緑、花と鼻



ベランダのアジサイ。
もう、4年目?
↓今年も、葉を出し始めた。
瑞々しい、緑だ。



アジサイの葉っぱ



↓の黄色い花は、蘭の仲間(?)
かれこれ、
15年以上、毎年花を咲かせている。
当初は、
屋内用だったのだが、
10年ほど前からは、ずっと外。
植物というものは、
環境に合わせて「強く!」なるらしい。



黄色い花



↓は何だろう?
チューリップの仲間?
妻が、
所謂チューリップと一緒に買って来たもの。
夜になると花は閉じる。



チューリップ?



そして、最後が、
ミルキーの「鼻」
彼女、
このところ、
毛が大量に抜ける。
春である。



ミルキーの花



(飯村和彦)


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2007年03月09日

筑波の白梅



c2ea6fff.jpg


茨城県・つくばの梅。
満開である。
暖冬の今年、
桜を愛でる日も、
すぐそこ…。


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(飯村和彦)


newyork01double at 20:05|PermalinkComments(0)

2007年03月08日

有楽町で見掛けたNY



986ac823.jpg


有楽町の駅前は、
現在、再開発工事中。
↑の「ニューヨーク」(タイムズスクエア)は、
ビルの建設現場を囲む、
背の高い「壁」に描かれていたもの。

よくある写真なのだが、
場所が建設現場だけに、
良く見える。
というより、悪くないなあ…。


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(飯村和彦)


newyork01double at 20:40|PermalinkComments(2)

2007年03月05日

チューリップで、春!



31d444ac.jpg


窓辺のチューリップ、
もう、一週間以上、
綺麗に咲いている。
結構、長持ちなんだなあ。

窓の外の東京、
きょうは、風が強い。
で、曇り。
そして、私は休日。

このところ、
仕事過多状態だったので、
のんびりと…


(飯村和彦)



newyork01double at 12:07|PermalinkComments(2)

2007年02月22日

立ち止まりたい時、ある?



df038043.jpg


「とまります」
とは言うものの、
そう急には止まれない。
実はこれ、
自分の足で歩いていても、同じこと。



(飯村和彦)

newyork01double at 09:41|PermalinkComments(2)

2007年02月15日

尾崎豊という男の記憶



94c0929a.jpg


渋谷駅の近く。
あるビルの入り口付近に、
尾崎豊というミュージシャンの、
ブロンズのプレートがある。

彼の命日になると、
沢山の花が供えられているのだが、
普段は、
まったくない。

日常の中の記憶…。

生きている人間は、
忙しい毎日を送っているから、
なのか…。


(飯村和彦)

newyork01double at 20:19|PermalinkComments(4)

2007年01月08日

冬の朝、光と「結露」が創造する美



「結露」も、
ときに、綺麗なもの。

東側のサッシに、
子ども達が、
なにか、
ゴム製のものを貼り付けていた。


結露1


朝の光を受けた、
妙なものが、
結露の中で、輝いている。


結露2


いいじゃない?
光のアート。
まあ、
それほど大袈裟な話じゃないけど、
この手の出来事が、
朝には、丁度いい。


(飯村和彦)


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2006年10月18日

北の核開発、歴史的背景を…「取材ノートより」



北朝鮮による「核実験発表」から一週間。
一部には、通常火薬を使用した、
“偽装説”もあったが、
やはり、
プルトニウムを使った「核反応を伴う爆発」、
つまり「核実験」であったらしい。

国連の制裁決議や、
その決議に対する北朝鮮の反発、
次なる核実験への不安、
…等々については、
新聞やテレビ報道を見てもらうとして、
ここでは、

「北朝鮮が“核開発”に邁進した歴史的な背景」

について少し…。
そもそも、
どうしてあの国は、「核兵器開発」に驀進したのか。


戦争は最悪

 
まずは、北朝鮮の国際社会での孤立化から。
 
1983年、
韓国の全斗換大統領を狙った「ラングーン事件」が発生。
そして、その4年後の1987年には、
死者78人をだす大韓航空機爆破事件が発生した。

これらのテロ行為を、
国際社会は北朝鮮による犯行であるとほぼ断定。

大韓航空機爆破事件については、
「金正日書記(当時)の司令によるものだった」
と、実行犯だった金賢姫(キムヒョンヒ)は、
直属の上司の言葉として語っている。

97年1月に韓国に亡命した元北朝鮮外交官も、
当時の北朝鮮における政策決定の構図を、
以下のように説明している。

「80年代後半に、
金日成がすべての権限を金正日に委任にしてから、
金正日の政策決定の構図が始まった。
すべての政策は、
金正日ひとりの決心と、
金正日の意図だけを追う、
忠臣たちによって作り出された」

度重なるテロ行為に対し、
国際世論は北朝鮮を激しく非難。
こうして、
北朝鮮の国際社会からの孤立化がはじまった。

さらに、
これに拍車をかけたのが、
90年代に入ってからの冷戦構造の終焉。

90年9月、ソ連が韓国と国交を結び、
中国も韓国との国交樹立に向けて動き出した。

そんな情勢の中、
金正日書記は91年12月、
人民軍最高司令官に選任され軍を掌握、
国内の権力基盤を強固なものにしていった。

しかし、
それまで北朝鮮の後ろ盾だった、
中国とソ連の外交政策の転換は、
政治的にも経済的にも、
北朝鮮を窮地に追い込んでいった。

そこで、
金正日書記率いる「超軍事国家」、
北朝鮮が切った外交カードが
「核兵器の開発」…だった。

当時の北朝鮮政府内部の動きについて、
元北朝鮮外交官、
高英煥氏は次のように話している。

「北朝鮮の指導層は、
何かをやらないと、
韓国に、
軍事力においても負けてしまうかもしれないと思った。
だから、
北が、韓国に対して優位を保つための唯一の方法は、
核兵器の開発を加速させることだと考えた」

93年3月、
北朝鮮は核拡散防止条約からの撤退を宣言。
全軍に「準戦時体制に入れ」と厳命を下した。

この時、金正日書記(当時)は核爆弾について、

「もし、アメリカや西側諸国が、
我々に経済制裁を加えたりしたら、
その時は隠してある核爆弾を使って地球を破壊する」

と豪語したという。

93年3月には、
核拡散防止条約(NPT条約)からの撤退を宣言。
翌94年3月19日にソウルで行われた南北実務者協議では、
あの「火の海発言」まで飛び出した。

さらに、
強行姿勢を崩さない北朝鮮は、
94年6月、
国際原子力機関からの脱退を宣言。
国連が制裁措置に踏み切るならば、
宣戦布告とみなす」とまで言い放った。

この対応は、
国連による制裁決議を受けた、
今回の北朝鮮の反応とまったく一緒である。


ホワイトハウス2


94年のときは、
強硬姿勢を崩さない北朝鮮に対して、
アメリカ政府も安全保障会議を招集。
「米朝開戦」までをも覚悟したというが、
まさに、
その安全保障会議を開いている最中に、
北朝鮮を電撃訪問し、
金日成主席(当時)と会談していた、
カーター元大統領から電話が入り、
間一髪の所で開戦は回避された。

当時、
元韓国中央情報局のカンイントク氏は、
金正日戦略の特徴を、
以下のように指摘していた。

「脅威を示して、
自分たちの望むものを獲得していく“搾取外交”を、
北側は、今後も続けていくと思われる」 

あれから12年。
まさに、
当時と同じ状況が生まれた訳である。
やっかいなことは、
今回の場合、北朝鮮が、
不完全ながらも“核兵器”を手にしていると思われる点。

北朝鮮の“搾取・恫喝外交”に屈したくはないが、
さりとて、
暴君である金正日に、暴発されても困る。
国際協調…など眼中にない北朝鮮に対して、
いったい何ができるか。
嫌な…状況である。


(飯村和彦)


newyork01double at 12:04|PermalinkComments(8)

2006年10月14日

美しい国=憎いし苦痛



ものの真相を知るには、
それ自体を、
ひっくり返したり、
斜に眺めたり、
反転したり…すると、
見えてくることがある。

例えば、写真。


紫花


この写真を、
反転すると、↓のようになる。


紫花反転


同じ花、
同じ輪郭、なのに、
それまで気づかなかった「影」の部分が、
浮き出てくる。

さて、そこで、
安倍総理のスローガン、
「美しい国」
「うつくしいくに」

これを、
逆さにすると(逆から読むと)
「にくいしくつう」

つまり、
「憎いし苦痛」…となる。

結構面白い。
ニューズウィーク誌で、
ある人が紹介していたもの。

ひとそれぞれ、
立場によって、
見方、感じ方は様々…。

ある人にとっては“美しく”ても、
別の人たちにとっては“おぞましい”もの、
あるのでは?

とまれ、
ここ数日、
猛烈に忙しく、
記事をアップできませんでした。
あしからず…


(飯村和彦)


newyork01double at 12:32|PermalinkComments(10)

2006年10月10日

北の核実験〜外交に努力賞はない!



核実験を実施したとされる北朝鮮。
専門家の間では、
実験に使用されたのは、
爆縮型と呼ばれる、
プルトニュウムを使った、
「長崎原爆型」だったのは…、
との見方が広まっている。

しかし、
実際に、
核実験が行なわれたのかどうかも含め、
詳細が明らかになるまでには、
もう少し時間がかかると見られている。


赤い富士山


万が一、
巷間伝えられているように、
北朝鮮(金正日政権)が、
「核実験を実施」したのであれば、
その事実は、
大変憂慮すべきことであることは確か。

一部には、
今回の北朝鮮の核実験を受けて、
「北に対して強硬姿勢を取り続けていた、
安倍首相の主張が正しかった」
とする“ムード”がある。

だが、
果たして、そうだろうか…。

もし、核実験の実施が事実であれば、
それは、そのまま、
これまでの対北朝鮮外交が、
“失敗”だったことを意味するのでは?

政治や外交は「結果」が全て。
そこに“努力賞”はない。

強硬策だろうが、融和策だろうが、
ポイントは、
北朝鮮に、
「核兵器」の開発をさせないこと、
…が目的だった筈。

ところが、
結果として、
北朝鮮が核実験を行なったということであれば、
それらの政策が、
まったく! 
北朝鮮に対して、
功を奏さなかったということになる。

その意味においては、
強硬派も融和派も、
失敗は失敗…、 
同じである。

「核兵器」の恐怖は、
たった一度の“暴走”でも、
取り返しのつかない、
多大な犠牲がでるということ。

ことここに至っては、
そのことを肝に銘じて、
早急に、
対北朝鮮政策を練り直すべきである。

「常識の通じない金正日政権に何をいってもダメ。
あとは、強硬策しかない!」

それで“北の暴走”を、
食い止められるのなら…まだいい。
けれども、
ご存知の通り、
追い込めば追い込むほど、
より過激になるのが、
金正日政権の特徴である。

例え“お粗末なもの”であったとしても、
「核爆弾」が炸裂してからでは遅い。
ともかく、
そうならないための方策を、
最優先に考え出さなくてはいけない。

「難しい」
…などと言ってはいられない。
幾ら勇ましい言葉を並べても、
"悲劇”がもたらされてしまっては、
意味がないから。


(飯村和彦)


newyork01double at 12:12|PermalinkComments(16)

2006年10月05日

早実・斎藤投手と野球人気


まさに、人気絶頂!
早実の斎藤佑樹投手である。
きのうも、
国体の高校野球硬式決勝で、
宿敵、
駒大苫小牧の田中投手に投げ勝った。

スコアは1−0。
この決勝点も、
斎藤投手の打点によるものだから、
…偉い。


野球2


大学進学を希望している斎藤投手。
早稲田でも、慶応でも、
ともかく、
どこへ進学するにしても、
目一杯活躍して欲しい。

読売巨人軍に象徴されるように、
今の日本では、
「野球人気」は凋落の一途。
今年のデータでは、
テレビ放送された巨人戦の視聴率平均が、
9%台(関東地区)。

巨人、大鵬、玉子焼き…などと持て囃された時代は、
石器時代の如く、遠い過去のものだ。
まあ、
巨人戦を中心に試合中継を行ってきた
各テレビ局にも問題があるが、
なにより、
節操のない選手補強をはじめ、
「最後は金!」のプロ野球の体質に、
みんな、
嫌気が差したに違いない。

ある調査では、
若い世代(…多分10代)で、
プロ野球中継(巨人戦)をテレビ観戦しているのは、
100人に一人だという。

それに引き換え、
斎藤投手や田中投手が活躍した、
今年の高校野球は熱かった。
見るものの心を「鷲づかみ」…である。

なぜだろう…。
やはり、
彼らの"真剣さ”、”ひたむきさ”なんだろうなあ。
ともかく、
徹頭徹尾、「本気」なのだ。

翻って、
巨人の選手たちが「本気」ではないのかといえば、
そうじゃないのだろうが、
やはり、
伝わってくるものが…ない。

そうそう、
斎藤投手でいえば、
大学進学の決意表明をした記者会見のとき。
会見を終えて席を立った後、
彼は、
自分の椅子だけではなく、
隣に座っていた“大人”(誰だったか?)の椅子まで、
きちんと、直して会場を後にした。

ちょっとしたことだが、
あのような所作が、いい。
最近のはやり言葉で形容すれば、
あれこそが、
本来あるべき、“美しさ”…なのでは?


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(飯村和彦)


newyork01double at 11:53|PermalinkComments(12)

2006年10月01日

案山子(かかし)は何を考える?



考えてみると、
案山子って、
孤独だなあ…。

たった一人で、
稲穂を見守る。
だからといって、
「声」をだせる訳じゃない。


案山子


例えば、運悪く、
スズメの襲来を受けたとしても、
応戦できない。
手も足もだせない。

つまり、
自分自身の「存在」だけで、
全ての使命を、
全うすることを義務づけられているのだ。
「存在感」だけが勝負。

けれど、
だからこそ「共感」」が沸く。
思わず、
「ガンバレ!」
と、声をかけたくなるというもの。
本当は、
「ガンバレ!」という掛け声、
好きではないのだけれど…。

「…で、どうよ、頑張りきれる?」
無理はしていないだろうけれど、
諦めないで!


(飯村和彦)


newyork01double at 10:04|PermalinkComments(2)

2006年09月30日

ビールが爆裂!



苛立ちは、
ビールにさえも伝わるのか!?

安倍さんの所信表明に怒っていたら、
どうやら、
ビールにも伝播したらしく、
↓のように破裂していた。


ビール爆発1


まあ、
冷凍庫で急速に!
…などと、
愚かなことを考えたのは自分だが…。


ビール爆発2


それにしても、
見事に“爆裂”している。
と同時に、
「とっても危ない!」
…良い子の皆さん、絶対に真似しないで!

一度爆発したらもうお仕舞い。
それで終わり。
あっけないもの…。

強引に今の日本に置き換えれば、
一歩、
憲法改正に踏み出せば、
あっけなく、
”戦争のできる”日本になって、
気が付いたら、
子供が戦争に行くことになり、
作戦と称して、人を沢山殺していく”

…なんてことになりかねない。

で、その時になって、
「そんな約束じゃなかったゾ!」
と、いくら悔やんでも、
後の祭り。
そう…、後の祭りなのです!

それだけは、
御免、じゃない?



(飯村和彦)


newyork01double at 19:27|PermalinkComments(8)