カッコイイ英語

2005年11月05日

NY’90:グッチのバッグ



No.13
That’s really bad.
ありゃ、本当にいいぜ。

Ex: That is a really bad bag.(ありゃ、最高のバックだ)

「bad」を逆の意味で使う。
「cool」(イケてる、格好いい)より幾分強いニュアンス。
もとはといえば黒人が使い始めた表現。
新しい表現は黒人が作りだす場合が多く、その表現が白人社会で一般化すると、彼らはまた、別の新しい表現を生みだす。
アメリカのもつ底知れぬパワーは、このようなところに起因しているのかもしれない。

グッチのバッグ
あるとき、私の親友が「驚いた」とばかりに話しはじめた。
彼女は、日本のテレビや雑誌関係者がニューヨークで取材にあたるときに、
リサーチやコーディネーションを頼む「才女」で、日本語が上手い。

その日彼女はロケの後、ある日本のテレビクルーの買い物に付き合ったのだという。
彼女を驚かせたのは、その買い物の仕方だった。
「1000ドルもするバッグや、何百ドルもするスカーフとかネックレスを次々に買うんですよ。私、信じられません。どうして日本人の人たちは、ティファニーとかエルメスとかの名前に、あんな大金を払うんですか?」



ティファニー



彼女も、知識としては「日本人のブランド好き」について理解していても、
その現実を目の当たりにして改めて驚かされたのだろう。
すでに「日本人の基本的志向」として「一般化」されてしまっているこの事実について改めて問われたとき、
最初、なんと答えていいのか言葉が見つからなかった。

戦後、日本製品は「安いがすぐに壊れる」といわれていた時期があったと聞くが、その頃からの高級品への憧れが、世代を越え、小金を持った今に表れているのかと考えたりするのだが、私見に過ぎない。

そういえば、ひったくりに関しておかしな話を聞いた。
ニューヨークで事件や事故にあった日本人観光客の相談や調査にあたっているニューヨーク市警アジア諮問委員会日本支部の村上さん(当時)の話だ。

「よく日本人観光客の女性から、
{バッグをひったくられた!}という電話が入ります。それで、
{バッグの中に現金はいくら入っていたのですか?}と聞くと、
{200ドルくらいです。…でも、その現金より1000ドルもした、買ったばかりのグッチのバックの方が大きな被害です}
と答えます。そのたびに私は、こんなアドバイスをしています。
{どこでひったくりにあったかを覚えていれば、その近くのゴミ箱を一度探してごらんなさい。バッグが捨ててあるかもしれませんから}と。
奴らが欲しいのはバッグではなくて、現金なのですから」

事実、中身を抜かれたバッグが見つかる場合が多々あるそうだ。
ひったくった連中にとっては、1000ドルもするグッチのバッグも10ドルで買える安物のバッグも、
バッグはバッグ。
「ブランド」なるものへの価値観などないのだという。
だいたい、グッチだとかエルメスだとか、バリーなどという名前すら知らない場合が多く、
そのブランドが1000ドル以上もするなどということより、
現金がいくら入っているバッグなのか、
の方が重要なわけだ。

さしずめひったくりの連中がグッチのバックを見て、
That’s a really bad bag.
といったとしたら、
「ありゃ、高そうですげーいいバッグだ」
というより、
「ありゃ大金が入っていそうな、いいバッグだ」
という意味になるのだろう。
連中にかかれば、さすがのグッチも形無しということ。

(飯村和彦)





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2005年11月03日

NY’90:アパート(apartment)探し



No.12
Up to you.
あなた次第。自分で判断して。
あなたに任せる


例えば会社を辞めようかどうか悩んでいる友人がいたとする。
第三者的にみれば辞めた方がいいと思っていても、
まあ、最終的には本人が決断すべき事柄だ。
そんなとき、Up to you.(やっぱり、あなた次第)
また、誰かと仕事をしていて自分の頭が混乱をきたした場合も、
Up to you.(もう、あなたに任せる!)



エンパイア2



アパート(apartment)探し
ニューヨークに住んでいたときのアパートは、家賃が1200ドル。
これを同居人にマイケルと半分ずつ払っていた。
さて、その家賃が高かったのか安かったのか…。

確かに広いことは広かった。
2ベッドルーム。10畳ほどの部屋が二つと20畳ほどのリビング。
“一応”、
キッチンとバスルームもあった。
また、建物が古い分天井も高く、マイケル曰く、
「ミッドタウンにあるアパートでこれだけの広い空間があるのは珍しい」
とのことだった。

ところが、このアパート、
マイケルの前の同居人が、それまでオフィス空間だったフロアを、
ロフト風に改造して人が住めるようにした代物。
よりて、その機能は惨憺たるものだった。

まず、キッチン。
水道(running water)が、
キッチンとして使っているところまで来ていないので、
当然、流しはない。
だから、何かを作ろうと思えば、
唯一の蛇口があるバスルームまでいって水を汲んだり、
食器を洗う必要に迫られる。
アパートがだだっ広い分、通路を往復すること約30メートル。
自然、そこで食事をつくるなどということはしなくなる。

次にバスルーム。
これもきちんとした“ルーム”になっていたわけじゃない。
アパートの中を走っている通路の突き当たりに、
簡易シャワー(半畳ほどでビニールのカーテンが付いているもの。
日本でも一昔前、通販で売っていたあの簡易シャワーだ)があり、
その横にある2畳ほどの空間がトイレ。
まさに、
“取ってつけた”という表現がぴったりのバスルームだった。

おまけに、
簡易シャワーまでの細長い通路には、なぜか扉が二つもあり、
締めると一応“プライベート空間”が出来上がったりする。

まあ、きちんとお湯はでた。

そのアパートはボイス(毎週水曜日発売の新聞、The Village Voice)
の不動産欄で見つけたものだった。
最初、アパートを訪れたとき、
マイケルが差し出した日本酒の熱燗、それも徳利などというものは使わず、
いきなりビンごと暖めてしまうという大胆な飲み方に驚かされ、
“キッチンやバスルームがどうなっているのか”、
などということまで考える間もなく、
酔ったその場の勢いで決めてしまった訳だ。

当時は、ニューヨークらしいと勝手に解釈して住んでいたのだが、
真冬、暖房が壊れているのに気づいたときはまいった。
スチームが、
鉄の管を“走りまわる”ことによって部屋が暖かくなるはずなのだが、
カンカン、ガンガン、冷えた鉄の管がスチームの熱で、
やたらと大きな音をたてる割には、一向に部屋が暖かくならなかった。

結局、部屋の中にありながら、
マフラーを首に巻きつけ、
厚手のソックスをはいてベッドに潜り込むという生活を強いられた。

もし、ニューヨークでアパートを借りるという計画がある人がいれば、
できるだけ詳細にその機能をチェックすることをお勧めする。
特に、ビレッジにあるようなアパートの場合は尚更である。



アパートアート



同居人を希望する人は、
その同居人がどんな人物であるかを観察することが、
必須であることは言うまでもない。
ご存知のように同性愛を好む方々も多いので、その気のない方は要注意だ。
お互いが不幸になる。

私の場合はマイケルに、
“僕には彼女がいる”
ということを強調することで自分のキャラクターを説明した。

一方、同性愛者のルームメイトを希望する人もいるだろう。
その場合も、Voiceを細かくチェックするといい。
よい情報がたくさん掲載されている。

いづれにしてもアパート探しは結構骨の折れるもの。
舐めてかかると碌なことはない。
自分の意思をはっきり表明して(speak your mind!)、
なんでも自分で決めないと、
あとでとんだ目にあうのがこの街。

Up to you. (任せます)
なんて具合に、
アパート探しを訳の分からぬ不動産業者などに任せると、
法外な手数料を要求されたり、
後にオーナーとトラブルになったりするから注意が必要だ。

また、
「プールのあるアパートに住みたい」
だの、
「フロアは20階よりも上がいい」
などと、マンハッタンで生活することに“幻想”を抱き、
信じられない勘違いをしている若い日本人女性もいたりする。

そんな人に限って“Up to you.”

Hunter Collegeの語学コースに通っていた、
(…といっても学校にいったのは最初の2、3日だけだったというが)
日本人の女の子が、
バーで知り合った“気の合う”アメリカ人男性に、
アパートに転がり込まれ、
挙句、自分の部屋に監禁されてしまうという事件も発生した。

恐ろしい奴がいるものだが、
きちんとした自分の“意思”をもたぬまま、
アパートで一人暮らしをはじめると、
知らぬ間にひどい状況に陥ることがあるから、要注意だ。

(飯村和彦)





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2005年11月01日

NY’90:地下鉄に乗って(2)「たむろ」のメッカ、ハーレム{下}



No.11
cold feet
(怖気づいて)急にやめる



消火栓3



地下鉄に乗って(2)「たむろ」のメッカ、ハーレム{下}
我々は、ハーレムの目抜き通りである125th St.を東から西に向かって歩き出した。
ベタベタと無秩序に貼られたポスター、割れたビール瓶、ところどころにある廃墟と化したアパート。
渋谷の東急本店通りを思わせる真新しい信号機も、
目玉一つ、赤が無残に割られていた。
「ビリビリきますネ」
とミュージシャンの山口岩男くん。
心なし、彼の歩調が速くなっている。

撮影をしながら歩いている我々の姿に目をとめる輩も多く、
「小銭をくれ」
だの、
「タバコはないか」
など、あれこれちょっかいをだしてくる。

「Hey, brother?」
…俺たちは、あんたの弟でもなけりゃ、兄でもない!

別に無理やり彼らを嫌っているわけじゃない。
多くの善良な人たちには申し訳ないのだが、その程度の強い意志をもっていないと、いつ、どこで、誰にスキを突かれるか分かったものではない。
ボーッとしていると、あっという間に狙われる。
悪事で日々、生活している輩は、
人を観察する目だけは肥えている。

よく、
「最近のハーレムは、だいぶ良くなりましたよ」
と軽口をたたく日本人がいる。
が、そんな人がいい標的になっていくことを忘れてはいけない。

一方、
ならば、どうしてそんな場所に足を運ぶのか。
行かなければいいだろう。
と、いう人もいる。
無論正論。
多くの人たちはそうすべきである。
ところが、
それでは何も始まらない。

また、
正論ばかりに身を委ねていたのでは、生きていけない人間も少なくいないのだ。
その代表がアーティストであり、
時に、メディアの人間だったりする。
よりて、そんな「人種」は、砲弾の中をも疾走する。



給水塔3A



さて、あたりに気を配りながら、
Lenox Ave. と125th St.の交差点を右に曲がり、
北の方へ向かった。
…126、
…127、
…128th St.まで歩いていくと、突如、街の雰囲気が悪化する。

路上や戸口で、何をするでもなく、
ただ“屯(たむろ)”している連中の視線が我々の姿を不気味に追う。
「小銭をくれ」
などといってヘラヘラよって着たりはしない。
「ちょっとヤバイですね」
とカメラに向かってささやく山口くん。

と、そのとき、
道を挟んだ反対側、ビルの前で屯していた男たちの中の一人が、
突如、大声を張り上げた。
なんといっているか判然としなかったが、
その言葉が、我々に向けられていることだけはハッキリわかった。
自然、足が止まる。
次の瞬間、きびすを返し、足早に今来た道を125th St.に向かっている我々だった。

We got cold feet.

タバコ一本ではすまない場合が、多々あるのだ。


(飯村和彦)



newyork01double at 11:24|PermalinkComments(3)

2005年10月28日

NY’90:地下鉄に乗って(2)「たむろ」のメッカ、ハーレム{上}



No.10
cold feet
(怖気づいて)急にやめる

ex: We got cold feet.

日本語でも「足が凍りつく」という表現がある。
“ccld feet”は、新しいことにチャレンジしようとして、
一生懸命準備したにもかかわらず、
いざ本番となったら怖くて何も出来なくなってしまい、
急に止めてしまうこと。
例えば、マフィアの麻薬シンジケートの取材にあたるべく、
勇躍ニューヨークにやってきたジャーナリストが、
実際に現場に入り、そのドロドロした不気味さを目の当たりにした途端、
それまでの意気込みが吹っ飛び、早々に撤収してしまうようなこと。



地下鉄職員の会話



地下鉄に乗って(2)「たむろ」のメッカ、ハーレム{上}
ミュージシャンの山口岩男くんたちと、ハーレム(Harlem)に赴いたときのこと。
朝10時にミッドタウンのホテルをでた我々は、
地下鉄のΕ薀ぅ鵑婆20分、とりあえず125 St.駅で下りた。
車中、山口くんに同行しているスチールカメラマンの関山くんの、
悲しくも楽しい、前の晩の出来事を聞いた。

関山くんもニューヨークは初めて。
その彼がイースト・ビレッジ(East Village)に行こうと思い立ち、
ひとりで49丁目にあったホテルをでたのが、夜の11時。

ホテルから数ブロックのところにある51st St.駅から、
ダウンタウンへ向かう地下鉄Ε薀ぅ鵑望茲譴弌
ものの10分ほどで、
イースト・ビレッジにあるAstor Place駅に着いたはずなのだが、
そう簡単にはいかなかったらしい。

まず、51st St.駅で、
間違ってアップタウン方向のΕ薀ぅ鵑望茲辰討靴泙辰拭
初めてのニューヨーク、よくあることだ。
途中、間違いに気づいた彼は慌ててその電車を下り、
反対側ホームに滑り込んできた、ダウンタウン方向行きの地下鉄に飛び乗った。

一安心、
と思いきや、どうしたことか目的地Astor Place駅には止まらず、
あれよ、あれよという間にEast Riverを潜りぬけ、
ブルックリン(Brooklyn)まで行ってしまったのだという。

はっきり言って、
関山くんにとっては訳の分からぬ場所。
まして時間は夜中の12時過ぎ。
ニューヨークに初めて来た日本人が、一人でウロウロするようなところじゃない。

それでも好奇心旺盛な彼は、
カメラのシャッターを押して歩いたというから、
ある意味、尊敬に値する。
彼のようなカメラマンがいてこそ、歴史がひとコマずつ記録されていくのだから。

が、さすがの彼も長居はできず、
マンハッタンへ戻る地下鉄に乗ったのだというが、結局ホテルに帰りついたのは午前2時過ぎだったらしい。
「もう、悲しくなりましたよ」
とは、一夜明けた関山君の弁。さぞや心細かったに違いない。



ドラッグ注射広告4



さて、
関山くんを悩ませた地下鉄Ε薀ぅ鵑ハーレムの125th St.駅についたのが、午前11頃。
いつもながら幾分緊張する。
具体的に何が、というわけではないのだが、
これまで植え付けられてきた、ハーレムに対する先入観が抜け切らないためだ。

駅そのものは、壁に、
オレンジ色を使った明るい色合いのタイルが貼られ、
見た目綺麗に改装されていた。
けれども、悪事を働く連中の心は、壁の塗り替えのようにはいかない。
その証拠に、毎日のように人の命が失われていた。

ニューヨーク市が推し進めた「ハーレム地区再開発」によって、確かに街の外観は美しくなっていた。
しかし、再開発がもたらす歪みも無視できない。
見た目、街が綺麗になった分、
余計、危険が見えにくくなってしまったように思え、気が気じゃなかった。
注意するに越したことはない。

(飯村和彦)

…{下}に続く





newyork01double at 23:27|PermalinkComments(2)

2005年10月27日

NY’90:心の風景「Field of dreams」



No.9
down to earth
(生き方が)自然な(人)
地に足がついている(人)


ex:He is down to earth.

人の生き方や性格についてのとってもいい表現。
地に足がしっかりついている人。
子どものように…とまでは言わないまでも、
真っすぐに生きている人。
多少お金が儲かったからといって、すぐに生活スタイルを変えて、
あれこれものを買い漁るようなタイプは論外。
ひょうひょうと、
自然に飾り気なく生きている素敵な人を表して、
He(or She) is down to earth.



ニューススタンド



心の風景「Field of dreams」
ケビン・コスナー(Kevin Costner)主演の映画、
「Field of Dreams」は、
個人的にとても好きなフィルムの一つで、
1989年度のアカデミー賞候補になった作品である。

ニューヨーク在住(1990年当時)のある日本人映画“評論家”が、
「低予算のなんとか映画だ」
と酷評していた記事を見た記憶があるのだが、
多分に稚拙な評論だったのでその文言すら忘れてしまった。

映画の作品を云々する上において、
「予算がどーの」などという話を、
最初にもちだしてくるような輩(やから)に、
ろくな奴はいない。
これは断言できる。

作品の好き嫌いは個人の感性と考え方によって異なる訳だから、
一向に構わない。
けれども、言うにこと欠いて、
「予算がどーの…」というのは酷すぎる。

そのような評論家は多くの場合、自身はなんの創造力も持っていない。
だから、的確な評論をする人とは違い、
より、他人の褌で相撲を取りたがる。
愚かな話だ。

さて、
愚かな日本人映画評論家に酷評された「Field of Dreams」において、
ケビン・コスナー演じるところの主人公は、
アイオワ(Iowa)州の大平原で、トウモロコシを作りながら、
妻子と共に、実に人間らしく生きていた。
まさに、

He is down to earth.

という形容がピッタリ。
映画のストーリーは、その男がある日、
天からの、
「If you build it, he’ll come」
という声を聞き、その真意を考え、
ついには、自分のトウモロコシ畑を刈り取り、
“天国からのプレーヤーたち”のために、
野球場をつくってしまうというもの。
{心の中の風景を夢見る目で見た}ような、
現実における虚構の世界との心地よい関わり…。

そしてラストシーン近くの主人公(ケビン・コスナー)と、
天国から来たプレーヤーである、
彼の父親との短いやりとり。

Is this heaven?
No, this is Iowa, but maybe this is heaven.

このくだりが非常に印象的。
大地に足をしっかりつけて、
人間らしく生きていた(down to earth)男が、
天の声を聞くなりそれまでの日常を離れ、
{心の中にあった夢の世界の実現}に夢中になっていく姿も、
彼がもともとdown to earthな大人であった分、
余計に、心惹かれるものがあった。



マスクで抗議



ギスギス生きて、
自分の夢の実現のために、自分の人生を生きられない諸兄には、
“良い心の活性剤”になるのではと思った。

よりて、
この作品の論評に“予算がどうの”
などという事柄をもちだしてくる人などは、
{自分の夢の実現のために、自分の人生を生きる}
という本来的で、忘れてはいけない筈の、
子どもの頃の感性を失ってしまっているに違いない。
悲しいじゃないか。

それほど、
現実の世界がギスギス組織化されてしまって、
「心の風景」をゆっくり眺める時間と余裕が、
奪われてしまっているということなのだろう

He is down to earth. なんて言われてみたいものだが、
さて…。


(飯村和彦)



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2005年10月25日

NY’90:ドギーバック(Doggie Bag)



No.8
polish off
食べちゃおう。
食べちゃって!


何人かで食事をしていて、皿の上に最後の一つ、
またはほんの少し食べ物が残っているという状況はよくあること。
そうなると、
「誰かが食べるだろう」とか、
「最後の一つを自分が食べちゃうのはどうも…」
と考えてしまう人もいるはず。
そんなときは、明るい口調で、
「Polish off.」
(最後だから食べちゃって)又は(もう少しだから食べちゃおう)

ドギーバック(Doggie Bag)
子供の頃、よく祖母に、
「ご飯粒を残しちゃいけません」、
「食べ物を大切にしなさい」といわれたものだ。

「戦後の食糧不足の折には、
白いご飯を食べられるだけでも大変なものだった」
といわれてもピンとこないまま、
戦後生まれの私なんかは、
耳を傾ける“フリ”をしていたような気がする。

自己体験の伴わないものに対しては無頓着であり続けるのが、
子どもの持つ特性の一つであるのではと今になって思うわけで、
その意味で、
遥か彼方の将来のために、小学生のころから、
やれ塾だヘチマだといわれては、
時間を無駄に使わされている現代日本の子どもたちには同情してしまう。
とても勉強しているフリでは済まされないのだから。



nyデリ3



あるとき、
日本から“新しい音探し”のためにニューヨークに来ていた、
ミュージシャンの山口岩男くんが、
イーストビレッジ(East Village)にある「2nd Ave. Deli」で、
遅い朝食をとっていた。
堂々と受験戦争を勝ち抜き、
早稲田大学に入った彼だが、
世の中に対して無頓着であり続けるのを嫌ったためだろう、
彼は今、彼なりに世の中を見据え、
それを音楽という表現手段を通して改めて世の中に送り返している。
いい男だ。

が、そんな山口くんも人の子。
3月だというのに雪がちらつくニューヨークの異常な寒さと、
14時間という日本との時差のため、幾分体調を壊していた。
まず、食欲がでない。

スープとオムレツをオーダーしたのはいいのだが、
だいたいがアメリカの料理、
オムレツの横に山のようにのってくるポテトフライは、
オムレツそのものの姿を覆い隠すほどの量。
これでは当然、食欲も失せるというものだ。

だが、このフライドポテト攻撃は、
別にこの「2nd Ave. Deli」だけに限ったことではないのは周知の通り。
これもアメリカの食文化を形作るもののひとつなわけだ。

「エイッ」とばかりに懸命に食べ始めるが、到底勝ち目はない。
「食べ物を大切にしなさい」
と言われ続けて育った我々にも限度はある。
皿の上には不満げなオムレツとポテトが残った。

そんな我々の様子を見ていたのかどうか、
ひとりのウェイトレスがテーブルに寄って来た。

「Everything OK?(どうだい?)」と彼女。
「Ya, it’s Fine.(ああ、いいよ)」と山口くん。
ん〜ん…。
どだい、こんなに食える訳ないだろうと思いつつ、
結局、ゴメンということで残した。
すると彼女は、
残したオムレツとポテトを丁寧にパックしてくれた。

ほとんどのレストラン(100%といってもいいかもしれない)で、
食べ切れなかった料理は持ち帰ることが出来る。
当たり前のように聞こえるかもしれないが、
日本での場合を考えてみたらどうだろう。
持ち帰り用の容器やパックを、
あらかじめ用意しているレストランがどれほどあるだろうか。

親も、「残さないで食べなさい」と子どもにいっている割には、
残してしまった料理を持ち帰ろうとはしない。
自然、店の方でも持ち帰り用のパックのことなど考えなくなる。

その点、アメリカ人の方々はよく料理を持ち帰る。
年配の人に限らず、
若い女の子たちも当然のような顔で持ち帰っていく。
彼女たちにして見れば、
レストランで残した料理を親が持ち帰るのを、
“体験”として子どもの頃から見ているので自然なわけだ。

日本の母親たちのように、
口で子どもにガミガミいって聞かせるより、なんぼか分かりやすい。
日本のお母様方へ。
子どもは、やっぱり、親を見て育つのですよ!

さてさて、
パックしてもらったオムレツとポテトを我々がどうしたか…。

アメリカではこの持ち帰りパックを、
Doggie Bag”(犬のえさ)とも呼んでいる。
申し訳ない!
“Doggie Bag”(犬のえさ)といってもアメリカ人の方々が、
本当に犬のえさにするというわけではない。
俗称のようなもの。

(飯村和彦)



フルーツを売るおじさん



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2005年10月23日

NY’90:ある雨の日の情景より

<

b>No.7
raining cats and digs
ものすご〜い雨
Ex: It’s Raining cats and dogs.

もの凄い雨のこと。
前方が見えず、
とても車の運転など出来ないような、そんな雨。
短時間にザザーッと降る、マンハッタン特有(?)の雨だ。



壊れた傘2



ある雨の日の情景より
突然、ビルの谷間から見える空が暗くなる。
「危ない」
と思うまもなくザーッと降りだす。慌ててビルの入り口に駆け込む。
これで、
時間があるときはまだいい。
コーヒーでも飲みながら、雨の上がるのを待てばいいわけだから。
けれども、なにか用事のあるときは困ってしまう。

ものの10m、その中を歩いただけで全身ずぶ濡れになるだろうし、
よく足元を見ないで、
軽率に交差点を走り抜けようものなら、
川のようになって流れている雨水で、靴はグチョグチョになる。

ニューヨークの道路、
特に交差点の状態はひどいものだ。
アッという間に、踝(くるぶし)がつかってしまうほどの水が溜まり、
その水が行き場を探して川のように流れるので、
腕時計など見ながら信号が青になるのを先頭で待っていたりすると、
すぐさま、品のないイエローキャブに、
大量の水飛沫を浴びせられることになる。

仕方なく、傘を買ったりする。
雨が降りだすのを待っていたかのように、どこからともなく、
“黒い折り畳み傘”を抱えた連中が現れてくるし、
街角にあるデリ(Deki:簡単な食料品や日用雑貨、タバコなどを売っていて街のいたるところにある。大半を韓国人が経営)でも、
その傘は売っている。

しかし、これがお粗末。
ちょっとした風でキノコのようになるし、
面白いほど簡単に“ホネ”が折れたり、ナイロン製の“布”がめくれあがったり…。
その癖、ワンタッチで開いたりするから余計に腹が立つ。
中には、ボタンを押して傘を広げた途端、
その勢いに負けて、行き成り壊れるようなものまである。

それで5ドル。
雨上がり、ゴミ箱の中をのぞくと、
必ず! 何本かの“黒い折り畳み傘”が捨てられている。

日本でお世話になる500円のビニール傘が、いかに優秀なものなのかがわかる。
あの500円傘は、
すぐに薄汚くはなるものの、それなりに耐久性はある。



ギリシャ人の店



ところで、
この街の人たちは、元来、傘をあまり持ち歩かないように思える。
ましては、日本のおしゃれな女性のように、
“服装の色と傘のデザインを考える”などという人は数少ない。
多少の雨でも、
傘なしで、平気な顔で歩いているし、
少々壊れた傘でも一向に気にせずさしている。

「傘なんてすぐ壊れるもの。とりあえず、その場の雨さえしのげればいい」的なものの考え方なのだろう。
これも、すぐに壊れる“黒い折り畳み傘”がつくり上げた文化に違いない。

たまに、ヘンテコな奴を見かける。

大雨の中、
黒い大きなビニール袋(よくゴミを出すときに使うあのビニール袋)の底に穴を開け、
頭からスッポリかぶってレインコート代わりにして歩いている男。
ものには色々な使い方があるものだと感心する一方、
歩いていないと、ゴミなのか人なのか区別が付かないときもある。

ともかく、
It’s raining cats and dogs!(ものすごーい雨だ!)

ただ、この雨のあとのマンハッタンは、実に清々しい。
特に蒸しむしする夏などは、
強い雨が、異臭を放つゴミの“臭い”まで洗い流してくれるらしく、
空気まで綺麗になるように思える。

ある日の夕方、
雨上がりのセントラルパーク(Central Park)にでかけたことがあった。
すると、どうだろう…。
かつて見たことのない、
それはそれは沢山のホタルが、あたりを明るくする勢いで飛んでいた。
その圧倒的な数のホタルが見せてくれる風景は、
とても言葉では表現しがたい。
思わず、ポカンと口をあけてその光景に見入ってしまう。
勢い、
ホタルが一匹、ポカンとあけた口に入ってきそうな…。

なんでもアリのニューヨーク。
だが、大量のホタルまではイメージしていなっかた。

(飯村和彦)



壊れた傘1



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2005年10月20日

NY’90:Delivery(配達)



No.6
Been through a lot
あの時は大変だった
とっても辛かった

例えば、ある時期やある期間に、
辛いことや悪いできごとがたくさん重なった。
そのときのことを今、
「あ〜、あのときは大変だった」
とか、
「とっても辛かったなあ」
と思い返して話すときの表現。
冗談ではなく、本当に大変だったときのこと。



壁アート



Delivery(配達)
Deliveryと聞くと、郵便からソバの出前まであれこれある。
日本でも、深夜、ちょっとした酒のつまみに、
“時計を見ながら…”ピザの到着を待ったものだ。
人間が少しずつ、怠惰になっていくのもうなずける。

さて、ニューヨーク。
ここでは、ともかく何でもDelivery(配達)してくれる。
街で、デッカイ籠のついた、
古くて頑丈そうな自転車に乗っているのが、チャイニーズレストランの配達。

その他、
ピザは勿論、
コーヒー、サンドウィッチ、サラダ、スープ等々の食品から、
トイレットペーパー、ナプキン、コピー用紙、鉛筆、消しゴムなどの日用雑貨にいたるまで、
ほとんど電話一本で届けてくれる。

特にDelivery専門の店があるという訳じゃない。大抵の店がごく当たり前に配達サービスをしている。
それぞれの店が、チャイニーズ系やスパニッシュ系などの、
「頑張る安い労働力」を雇っており、
彼らが自転車をぶっ飛ばしながら配達にあたるのだ。

アメリカ人女性の多くが、
歳をとると信じられないほどブクブク太っていく理由の一つは、
こんなDeliveryサービスにあるのではと考えてしまうのは私だけか…。

配達の方法を見ていて日本と徹底的に違うのが、
多くの場合、その手段として自転車を使っている点。
日本のソバ屋は特殊な“装置”をつけたオートバイに乗っていることが多いが、
そんなものニューヨークには存在しない。
だいたいが、オートバイやスクーターをほとんど見かけないのが、
この街の特徴ですらある。



ヒスパニック少年とカゴ



また、ニューヨークのDeliveryの方々は良く歩く。
彼らの表情を見ていて、
一年前に取材したティワナのメキシコ人たちの後ろ姿を思いだした。
何日もかけてアメリカとの国境まで歩いてきて、
夜中に「夢」を求めて国境である川を渡っていく…。

国境警備隊の警備の網をかいくぐって見事!アメリカ入りを果たした彼らを待ち受ける生活は何なのか?
と、取材をしながら考えたのだが、
それぞれが、いろいろな思いを“足で”運んでいるのは、
ティワナもニューヨークも一緒に違いない。

自分の国に家族を残している青年もいるだろう。
しかも、少ない月々の給料から自分の国に残した家族に、仕送りをしているかもしれない。

ある日、
近所のスーパーで買い物をして、
大きな茶色の紙袋を抱えてアパートのエレベーターホールに入ったときのこと、
いい加減そうな若いアメリカ人が私を呼び止めた。
「何のデリバリだい? コーヒーとサンドがあれば、俺が高く買ってやるぜ」
私をチャイニーズのデリバリと間違えたらしい。

腸(はらわた)が煮えくり返った。
別に、チャイニーズのデリバリと間違えられたからじゃない。
その高飛車でクソ生意気そうな、人を小馬鹿にした態度に腹がたった。

私は自分が「いい人間」だなんて思っていない。
さらに、デリバリという仕事をマンハッタンでやっているわけでもない。
ただ、実際にデリバリをしている人たちは、
毎日、幾度となく、
そんな腸が煮えくり返る思いをしているに違いない。
そう思うと、少々複雑な心境になる。

彼らのうちいったい何人がニューヨークで、さらにはアメリカという国で成功を収めることが出来るのか…。
I’ve been through a lot.(あの頃は辛くて大変だった)と、Delivery(配達)時代を懐かしむように振り返ることが出来る人は、
ごくごく少数に違いない。

(飯村和彦)



ナイトショット



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2005年10月18日

NY’90:地下鉄に乗って(1)「朝焼けの海」



No.5
Take five
ひと休みする

ex : Let’s take five

例えば年度末、銀行を始めそれぞれの会社では、1年間の決算で大忙し。
朝から晩まで働き詰めだ。
だが、むやみやたらとだらだら仕事をしても能率は上がらない。
そんなとき、ちょっと気の利いた上司なら、
「Take five.(ひと休みだ)」
てなことで、上寿司の一つでもとってくれるはずだ。



地下鉄改札



地下鉄に乗って(1)「朝焼けの海」
「ニューヨーク・off time」(注:なぎら健一のナレーションで、ニューヨークのことなら何でも取材していた金曜夜の人気番組だった)で、
ニューヨークの海釣りを取材しようということになった。
毎日毎日、摩天楼(skyscraper)かなんだか知らないが、
石とガラスとコンクリートの森の中にいたのでは人間、陰気くさくなる一方だ。
マンハッタン(Manhattan)から地下鉄の○Fか○Dラインで30分ほど。
ブルックリン(Brooklyn)の南岸にあるシープスヘッド・ベイ(Sheepshead Bay)には、50隻ほどのパーティボートが港に浮かんでいて、
簡単に釣りを楽しめることで知られている。

さて、早朝5時、5th Ave.のオフィスに集合。
普通ならここからハイヤーで現地に向かうのだ、
そこは“一歩先ゆくoff time”、
ロケも“地下鉄で行く”ことにこだわった。
まずは42nd St.の地下鉄の駅に向かった。

カメラマンは真面目一本やりの宮の内さん、仕事疲れか飲みすぎか、青白い顔でカメラを担ぐ。
アシスタントがのっぽのJin君。Jinといっても本当は「仁」でれっきとした日本人、機材を背負ってヒョコヒョコ歩く。

まだ、夜が開け切らぬ、早朝の地下鉄車内の人間模様。
行き場のないホームレスがあちこちでゴロゴロ、朝まで踊った若い連中もチラホラ乗り込んでくる。
以前、東京で早朝の六本木を取材したときのことを思い出した。
朝5時半の地下鉄六本木駅は、遊び疲れた学生と、
「通勤定期」で自宅に帰る、
酔っ払った“倹約派サラリーマン”で溢れていた。

が、ここはニューヨーク。
そんな暢気な面々は数少ない。
ゴミ箱から拾ってきたような一日遅れの新聞を読むとはなく眺めている男がいるかと思えば、やおらリンゴを齧りだすオバさんがいたり…。
まあ、見ていて飽きない。



船1



6時過ぎ、シープスヘッド・ベイに到着。
それはそれは見事な朝焼け。
港には、釣り用の大型クルーザーがずらりと浮かんでいる。
我々は見た目、一番格好よさそうなクルーザー「Palophy 察廚望茲蟾んだ。何のことはない、アポなしである。

60人乗りの大型クルーザーで、キャプテンは親子三代、このビジネスをしているというケビンさん。
娘さんがNYU(ニューヨーク大学)で、日本語を勉強しているということもあってか、我々を歓迎してくれた。

朝7時半。クルーザーは桟橋を離れ、大漁を祈りつつ海へ。
少々肌寒い時期、どれほどの釣り人たちが来るのか心配していたのだが、
なんのその。
いるいる、子どもから年寄りまで、
気合いっぱいで釣り糸を垂らしていた。
5月はヒラメが主流。
おもりで海底の砂をトントントンとたたきながら釣るのがコツだと教えられた。

船2

では、実際の釣果はどうか。
そこは海、釣堀のようにバカスカ釣れるわけじゃない。

が、こちらは取材。
魚を釣りあげるその瞬間を撮影する必要がある。
カメラの宮さんが釣り人たちの中に入り、私が上から、
「右! 左!」
と声をあげては、魚のかかっている釣り糸がどれかを教えるのだが、これがなかなか大変。
一切、ヤラセなしの真剣勝負。
Jin君などは、ジッと釣り糸を見つめ過ぎ船酔い寸前の様相。

一方、釣り人たちは陽気そのもので、我々の様子を見ては、
「右だ、左だ」とやかましい。
“老人と海”の主人公のような爺さんなど、
自分はあきらめ半分でポーカーなんかやっている癖に、口だけは達者だったり。

そんなこんなで約2時間。
Let’s take five!(さあひと休みにしよう)
とばかりにロケを中断。
爺さんなんかに負けられぬ、とばかりに我々も釣り糸を垂らした。
仕事のことはすっかり忘れ、
絡まる天蚕糸(テグス)と格闘すること3時間(長いひと休みだが…)。
結果、私が一匹、宮さん一匹、Jin君匹尾で、都合4匹…。
爺さんの高笑いだけが耳に残った。

(飯村和彦)



船3



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2005年10月16日

NY’90:絵葉書ツアー御一行



No.4
Cool
イケてる。 しゃれてる。 格好いい。 
ヒューッヒューッ。


例) That’s so cool.

身の振る舞いや服装がいかしていて、格好良くきまっている。まれに「ヒューッ!」と思わず声にだしてしまうほど決まっているヤツの様子。性格とか人格にも当てはまる。

New York絵葉書ツアー御一行
3月に入ったある日、ロケを終えて昼過ぎの5番街にでた。
ふと目を上げた瞬間、信号が青から赤に変わった。
と…、
「あれ、人が多いな」
ダウンタウンに向かって、
なだらかな坂になっているため、
車道といわず、交差点といわず、
五番街を渡る人たちの姿が遠くまで見渡せた。
寒い寒いと思って背を丸めていた時期が長かったのか、
改めて通りなど眺めていなかったような気がした。

確かに3月ともなると、
アメリカ国内の各地からニューヨークにやってくる「おのぼりさん」もぐ〜んと増える。おのぼりさんは東京もニューヨークも一緒のようで、
見てすぐ分かるのが楽しい。



そ



例の「カメラ」。
よく日本人はどこへ行っても一眼レフのいいカメラを首からぶら下げていると言われるけれど、
どうして、アメリカの方々もみんな、首からぶら下げている。
ただ、全体的に体が大きい分、カメラが目立たないというか、
一応、シルエットに上手く収まっているだけなのだ。

とはいえ、当然といっていいだろう、100%日本製のカメラ。
それもみんな真新しいものがほとんどだ。
どういう訳か、42nd付近を中心にカメラは安く買える。
日本国内で買うより安く手に入るのはなぜなのか、とは思うものの、
特に調べていない(怠慢だ!)。
買い手にとっては「安い」という単純な現実がすべてで、
細かな理由や背景などは問題ではない。
特にアメリカの方々はその意識が強いのではなかろうか。

さて、そうはいっても「おのぼりさん」はおのぼりさん。
誰が見てもすぐにそうと分かるようなおのぼりさん、
つまり、「ダサい連中は入れない」というディスコの話。

52nd St.の9th Ave.と10th Ave.の間に、
「Zed Zone」なるディスコがあった。
このディスコでは、月に数回(主に木曜日とか金曜日)、酒が無料の時間帯をつくっている。
客足の鈍い午後10時〜11時の1時間だけなのだが、
「ただ」は「ただ」。
1時間だけ飲むだけ飲んで、
とっとと出て行くニューヨーカーも多い。

しっかりしている奴はどこにもいるものだが、このディスコ、
店側がいうところの「cool(いけてる)」な奴しか入れない。
入り口で服装チェックをしていて、
coolな奴はすんなり入れるが、ダサい奴は後回し。
見るからに「絵葉書ツアー」な奴は速攻アウト。
日本でも同じようなことをしているディスコはあったが、似たようなものだ。
ただ、今時あまり流行らない。

ダウンタウンの方のディスコでは、
ボロボロのデニムに革ジャンでも雰囲気がcoolならOK。
逆にピシッとのりの効いたパンツなんかだと「ダッセーッ」ということになる。

「帽子をかぶっている奴で、
つばをピョコンと上にはね上げている奴はcoolで、
つばの両端を内側に丸めるようにしている(巨人の桑田のかぶり方)奴は、
ダサい」

というのはアシスタントディレクターのJinくん。
これ、妙な説得力がある。
本当のように聞こえるから不思議だ。

(飯村和彦)



店じまいポスター



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2005年10月14日

NY'90:タクシードライバー物語(2)「後部座席の悪魔」



No.3
Shit a brick / shitting bricks
とんでもなく怖い。

例えば、深夜一人で歩いているときに、
いきなり背後からピストルを突きつけられた。
「Hold up!」
もう生きた心地がしない。
が、
無事命だけはとられずに、
なんとか家に帰り着いた。
その出来事を翌日、友人に話すときはこうなる。
「もう本当に怖かった。死ぬほど怖かった」
それが、「I shit a brick」



ベンダー大



NYタクシードライバー物語◆峺緝座席の悪魔」

「タクシードライバー連続強盗殺人事件」
この2、3日、新聞のトップ記事を飾っている、不気味でやり切れない事件だ。
4月12日のNew York Timesの事件を細かくリポートしているが、
その概要を知れば知るほど、怒りと恐ろしさがこみ上げてくる。
事件の経緯はこうだ。

最初の事件が3月7日に発生。
37歳のタクシードライバーが朝方の6時頃、何者かによって銃で撃ち殺され、売上金$60(約7500円)を強奪された。
その一週間後の3月14日、朝5時ごろ。
今度は43歳のドライバーが、後頭部を撃たれて死亡。彼は元ガードマンだったという。

さらに4月9日の午後2時過ぎ、3人目の犠牲者…。
25歳の大学生で夜間タクシードライバーのアルバイトをしていたという男性が、首と額を撃ち抜かれ即死。
彼は無線である病院に呼ばれ、その病院で乗せた犯人に撃たれている。
タクシードライバーのアルバイトを始めてから約1ヶ月目だったという。
そして4月11日早朝にも41歳の男性が頭部を撃たれ重態となっている。

これらの事件は、
いずれもBronx(ブロンクス)の中産階級のアパート街で発生しており、
犠牲になっているのは全て無線タクシーのドライバーたち。
無線タクシーの場合、
普通のyellow cab(イエローキャブ)と違い、一見の客を無作為に乗せるわけではないのでyellow cabより危険性が低いといわれているのだが、
今回の犯人はその無線タクシーを狙い、電話で朝方車を呼び出しては犯行を重ね、
売上金を強奪している。

およそ$50〜$100(5500円〜1万1000円)…。

人の命を何だと思っているのか!
と震えるほどの怒りを覚えるが、元々「人の命」について頭で考えることすら出来ないような、ゴミ屑以下のヤツ…。
人間扱いして怒りを向けることすら悔しすぎる。

この事件の影響は大きく、
Bronxにある70の無線タクシー会社の従業員たちは深夜の勤務を拒否し、半数近くのドライバーが、病気を理由に会社を休んでしまっているという。
そりゃそうだろう。
犯人が捕まっていない状況においては、
いつ後部座席の客が銃を持った悪魔になるのか分からないわけだから。
滑稽なのは会社側の対応で、
慌てて臨時ドライバー募集のチラシを貼り出した。
…誰が来るものか!

一方、
日頃から無線タクシーを利用している善良な市民も頭を抱えているという。
Bronxの場合、yellow cab より個人で無線タクシーを呼ぶケースの方が多いらしい。
なにせ、もともと治安が悪い地区なのだから。
4月12日、この深刻な事態をなんとかしようとニューヨーク市長のDinkins(ディンキンス)氏は、犯人逮捕に繋がる有力な情報提供者には、$10,000(約110万円)を用意すると発表した。
しかし、4月21日現在、事件はなんの進展も見せていない。

1989年のデータによると、
ニューヨークでは14人のタクシードライバーが殺されており、全米では253人にものぼる。また、殺されないまでも1年間に3万4070人のドライバーが強盗にあっているという。
ニューヨークでは今年(1989年)すでに、今回殺害されたドライバーの他に4人が殺されている。

ちなみに全米で、タクシードライバー殺人が一番多いのがTexas(テキサス)州、次がGeorgia(ジョージア)州、New York(ニューヨーク)州は3番目である。また、仕事中に何者かに殺される割合は、
警官(cop=police officer)についでタクシードライバーが2番目になっている。

いつ、どこで、どの客が、
いきなり銃を向けてくるか分からないのが今のBronx。
「He put a gun to my head.(野郎、俺の頭に銃を突きつけやがった)
It shit a brick.(そりゃ、ぶるったぜ)」
こんなセリフをちょくちょく耳にするようになっては世も末だ。

(飯村和彦)



ハーレム育ち1大



newyork01double at 22:21|PermalinkComments(1)

2005年10月13日

NY'90:タクシードライバー物語(1) 「夢見る移民」



No.2
That’s bullshit.
なんてこったい! ウソつけ! 
たわごと。 ナンセンス。


怒ったり、イライラしたり、約束を破られたり、怒りに似た感情を伴って、「Bullshit!」
街角や映画の中の会話でよく耳にする。



タクシーカラー



タクシードライバー物語(1)「夢見る移民
Roberto de Nyro(ロバート・デ・ニーロ)の「Taxi Driver」は、もう数限りなく何度も何度も観た。
都会の孤独と、孤独であればあるほど増幅される自己の持つエネルギー、
客によって変わる車内の空気とあくまでも普遍であろうとする体内の宇宙、
その宇宙の静けさをかき乱す意識…。

映画の中で、
デ・ニーロがコップにポコンと入れて飲んでいる泡のでる薬はなんだろうと思い、drugstore(薬局)に行ってみたりもした。
「Alka-seltzer」なる胃腸薬で、今でもポピュラーな薬だった。
レモン味とかカゼに効く成分がプラスされたものまであった。なるほど…。

New Yorkの市内を走るyellow cabは1万5000台以上。
ドライバーも4万人以上いるという。
確かに黄色い車がゴチャゴチャと走り回っている。
そして、そのほとんどのドライバーがいわゆる「移民」で、
コロンビア、パキスタン、プエルトリコ、エジプト…と出身国もさまざま。
みんなアメリカで一旗上げるためにやってきた連中だ。

現在、彼らのような夢見る移民にとって、
この街で経済的に独立していくための「簡単な…」方法は、
タクシードライバーになって、その営業権を獲得すること。
言い換えれば、
その方法しかないといってもいいかもしれない。

ここで「簡単な…」といったのは、「とっかかりやすい」という意味。
運転免許証さえあれば、簡単に…タクシードライバーにはなれる。
しかし、
「夢見る移民」の方々の最終目標は営業権を取得すること。
これには約$130,000(日本円で約2000万円)必要だという。
タクシーの営業にあたっては、
「メダリオン」というタクシー権利証が必要で、
自由に売買できるこの権利証の名義を自分の名前にして初めて「夢」が実現するわけだ。

だが、もともと$130,000もの金を持っている奴ならこの街にはきていない。
権利証の名義を自分の名前にするため、
その営業権を買い取るため、
彼らは朝から晩まで、夜中まで、街を走り続ける。
それで、一日$80〜$100…。

「夢」までの道のりは長い。

だから「先を急ぐ」のか、運転も荒い。
ちょっとしたことで喧しくクラクションを鳴らし、
行く手をさえぎるような車や歩行者がいようものなら、大声でどなる。
街角でよく見かける光景だ。

「Are you crazy?(馬鹿野郎、なにやってんだよ!)」
とタクシードライバー。
「You ran through the red light!(信号は赤だゾ!)」
と歩行者。
「Bullshit!」(くそったれ!)
とタクシードライバー。

乗っているこっちだってイライラしているのに、たまったもんじゃない。
約半分のドライバーたちが最初のひと月で辞めていくという。
「簡単に…」とっかかれる分、現実の厳しさとのギャップも大きいに違いない。
それでも次ぎなる「夢見る移民」たちがタクシードライバーになっていく。

新しくタクシードライバーになりたい人たちのための講座がある。
40時間で、$150だそうだ。
もちろんそこで、英語がままならない彼らに「bullshit」なんていう言葉を教えているわけじゃない。

(飯村和彦)



タクシードア大



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2005年10月10日

NY'90: Coca-ColaとCoke、 50¢と50$



No.1
Are you kidding?
ふざけんなよ。冗談だろ? からかってんだろ?!

よく耳にする表現のひとつ。
とても信じられないようなことを相手に言われたとき、
例えば「今回のハーレムの取材リポートを20枚にまとめた上で、
番組の企画書3本分を明日の10時までに出してくれ」
などと平然と言われたとき、
思わず私は“Are you kidding?(冗談だろ?)

Coca-ColaとCoke、50¢と50$
New Yorkに住む日本人留学生たちに連れられて、
「MK」なるディスコに行った帰りの出来事。
そもそも私は、ジュークボックスをそのまま人間が入れる箱にしたようなディスコを苦手としている。
音楽が洪水のように自分の耳に流れ込んでくるというのは、
まさにあのディスコの空間をおいてないのではとも考えてしまう。



はと叔父さん大



一方、
あたりがうるさければうるさいほど、
自分一人の空間を感じることができるのも確かなようで、
自然、私の場合、ディスコにおいては、
「喧騒の中で自分の体内の静寂を楽しむ」
ということになる。

深夜の11時にオープンしたそのディスコをでたのが明け方の3時頃。
ディスコ内の熱気と、
どこからともなく漂ってくるマリファナの臭いのためか、
のどの渇きを覚えた我々は、
「近くのバーで軽くビールでも飲んでいくか」
ということになった。

閉店間際だったのか店内の客の数は少ない。
映画大好き青年のトシ君が代表して、
我々3人のオーダーを従業員に伝えてくれた。
私はローリングロック(ビールです)、そして紅一点のエッちゃんがコカコーラ。実は、このコカコーラが問題だった。
我々男どものビールはすぐに来たのに、エッちゃんがオーダーしたコカコーラがなかなか出てこない。

たかがコーラに何をそんなに手間取っているのか、と思い、
再三、従業員に文句をいっていると、
仕舞いにはまだ飲みかけの私のビールを取り上げて、
「Get out!」、と言い出す始末。
「Are you kidding?(冗談だろ)」
といっても耳を貸す様子はない。
本来なら店のビール瓶2、3本たたき割ってやりたいところだったのだが、
気弱ないい人日本人、怒りを堪えてそのバーをあとにした。

帰りのタクシーを拾うべくBroadwayをイライラしながら歩いていると、
トシ君が呟いた。
「コカコーラを注文するときにコークといったのを、店の奴はコカコーラじゃなくて麻薬のコークと勘違いしたみたいなんですよね…」と。
「なにそれ!」、と細かく聞いてみると、
トシ君がコークといったとき、バーの男は日本人がドラッグのコークを買いに来たものと勝手に思い込んだらしい。
様子が変なので、改めてコカコーラのコークだ、と念を押したところ、
男が急に態度を変えてしまったのだという。

50¢(セント)のコークと50$(ドル)のコークの違い、だったのだ。
我々にとってのコークはあくまでもコカコーラなのに、
明け方のバーの彼らにとってのコークは、ドラックのコークの方が一般的だったということだ。
風俗、環境の違いで、一般認識がこうも変わるものなのかと改めて驚かされた。
それにしても、
やっぱり、「Are you kidding?」

(飯村和彦)



ハーレム育ち2大



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