ダブル秘話

2017年03月18日

人生が劇的に変わった瞬間〜自宅出産に立ち会うということ



先ごろ、我が家の二人の子どもたちがお世話になった助産師さんが現役を引退しました。
今回の文章は、上の息子が生まれた日のことについて書いたもので、去年の夏に「原爆投下から終戦までの信じがたい経緯を!21年前の夏、子どもが誕生した日に考えたこと」の中に、“「ヘイ ボーイ!」より抜粋”として掲載した部分の続きになります。
ひとつ付け加えるとすれば、下の娘が生まれたときも同じように自宅出産に立会い、さらに“その思い”が強くなったこと。
かなり長文なので、時間に余裕のあるときにお読みいただければ幸いです。

以下、「ヘイ ボーイ!」より抜粋



こどもたち
(photo:kazuhiko iimura)



考える人

一階部分がデジタル写真印刷会社の店舗兼作業場になっている三階建てのマンション。その三階の一番手前、303号室が『現場』である。
「いま帰ったよ、どう?」
玄関ドアをあけるより先に父さんは口をひらいていた。
上がり口に靴を脱ぎ捨て、短い廊下をドタドタと進む。キッチンに入ったところで、隣のリビングから母さんの声が聞こえてきた。
「あなた…」

ドアを開けると、なにかの上に全裸で座っている母さんの姿が目に飛び込んできた。
折った膝頭に頬杖をついて、顔だけをこちらに向けたポーズ。
例えるなら『考える人』。そんな格好だった。
「おか、えり」
母さんは、必要以上に声を張らない、呼吸をするようなしゃべり方で父さんに応えた。細い息を吐きながら声をだし、幾分長めのブレスをとって、また息を吐きながら言葉を繋げる。
その顔には色濃い疲労が見てとれた。

「グーはどうした、まだだね」
状態を見れば一目瞭然なのだが、父さんは確認せずにはいられなかった。
すると母さんは、ふわりとした笑みを浮かべていった。
「この子は、父さん思いの、いい子みたい」
そして、足元に置いてあった麦茶のグラスにそっと手を伸ばすと、唇を湿らすように音をたてずにひとくち飲んだ。

母さんの頬はうっすらと紅潮していて、グラスを持つ指先だけがやけに白かった。
そんな母さんの仕草や表情には、どこか人の気持ちを落ち着かせる力があって、朝からずっと走り続けていた父さんには、いわば長い文章の読点のように作用した。
「ほ〜っ」
父さんはジャケットを脱ぐとカーペットの上に腰を下ろし、部屋の中をゆっくりと見回した。
エアコンのスイッチはONになっていたが、室内はやはり蒸し暑かった。
けれども、その暑さは外の射るような暑さではなく、どこか柔らかな、いってみれば母さんの体温のようなもので、思っていたより不快なものではなかった。
繭の中というか、子宮の中というか、想像するとそんな感じ。

胎内の温度は37度ぐらいだというから、そこまでではないにしても君が生まれてくるのには丁度いい室温だったのかもしれない。

そして、考える人。

よくよく見れば、母さんが座っていたのは逆さまにしたプラスチック製のバケツだった。床掃除のときに使う、あのなんの変哲もない水色のもの。お尻の下にはクッションの代わりにバスローブが敷かれていた。
――考える人のポーズ。
それは陣痛と戦うのではなく、折り合うための方法として母さんが辿り着いた究極の姿勢だったのだろう。どこか原始的な風景のようでもあり、そこには何かしら父さんの心をしんとさせるものがあった。
父さんは本棚の上にのせてあったキャノンを手にとると、そんな母さんの姿を一枚写真に収めた。

「ともかく、写真はたくさん撮ろう」
それも、父さんと母さんの決め事だった。
胎児の成長に伴い、母体の形はどのように変化していくのか。
その変遷をあとでビュジュアル化できるように、父さんたちは定期的に同ポジ撮影まで敢行していた。
一回の撮影で36枚撮りのフィルムがなくなることもしばしばあった。もちろんカラーと白黒の両方である。

「でも、この写真をいつかグーが見ると思うとわくわくするね。どんな顔をするかしら。お腹の中にいたときの記憶は残らなくても、写真にはそのときの事実が残るからいいわよね。私もそんな写真、欲しかったな」
撮影のたびに母さんはそういっていたが、父さんにしても気持ちは同じだった。

記念写真というのは、そこに写っている自分の姿を見るというよりは、その写真が撮られたときに自分の周りにいた人たち、つまり自分と一緒に写っている人たちがどんな風だったのかを知ることができるから楽しい。
だから、自分が胎内にいたときの母の姿状や、胎動を感じたときの母の表情をとらえた写真がもしあったら、自分が「生きる」ということを考える年齢になったときに、欠かせないものになっていたはずだ。




お腹が大きい
(photo:kazuhiko iimura)



父さんは、そんなことを考えながらわが家の『考える人』をファインダー越しに眺めていた。
そして、はたと気づいたことがあった。
君が生まれる瞬間にその場にいるべき、もうひとりの人物がいないのだ。
父さんは慌てて尋ねた。
「藤井さんは? まだ来ていないの」
腕時計に目を落とすと、時刻はすでに午後2時近くになっていた。
確か、昼前には到着しているはずだったのでは?

学芸大学駅から碑文谷のマンションまでの道順をかいた地図(かなり丁寧なもの)は、きのうのうちにファックスで送ってあったし、そのあと電話でも確認した。だから、相当な方向音痴でもないかぎり道に迷うことはない。
指を噛んで、陣痛に耐えていた母さんがいった。
「お昼ごろ、電話があって、少し遅れるって」
「それで大丈夫だって?」
目の前の母さんの状態からして、父さんにはとても大丈夫そうには思えなかったのだが。
「そういっていた。たぶん、早くても、夕方だろうって」
「ふーん」

自然分娩は、文字通りかなり自然の力の影響を受ける、といつか藤井さんが説明してくれたのを思いだした。
満月や新月の前後にはお産が増えるし、一日のなかでは潮の満ち引きが重要なファクターになるのだといった。陣痛でいえば満潮の数時間前から強くなり、逆に引潮の時間になると弱くなる。だから陣痛が弱くなっても焦らず、次の満ち潮を待つのが懸命なのだという。
しかし、そうはいってもそれが全てではないだろうし、万が一、助産師の藤井さんが到着する前に分娩がはじまってしまったらどうなるのだろう。
そう考えると父さんはゾッとした。

胎児のとり上げ方までは、出産準備クラスでも教えてくれなかった。
ヌルッと出てきた君をしっかり受け止められなかったら。
上手く生まれたら生まれたで、へその緒はどう処置しらいいのか。
無闇に切っていいはずがない。
切るべき最適なタイミングと、「ここを」という位置があるに違いない。
君が生まれ出た後、どれぐらいたってから胎盤やらなにやらが母さんのお腹の中から出てくるのか。それをどう扱ったらいいのか。
不安の種は尽きなかった。
それでも、あれこれ思案した末に父さんは一つの結論に達した。
「ともかく、手だけはきっちり洗っておこう」
とっても簡単なことだが、なによりも大切なことに感じられたのだ。
綺麗で清潔な手。

――オーケー、さっそく手を洗おう。

そう思って父さんが立ち上がったときだった。
「あなた、お風呂、入れてくれる?」と母さんがいった。
「ずいぶん楽になるって、藤井さん、いっていたでしょ」
お湯の温かさと浮力で収縮(陣痛)が緩むので楽になるのだ。最近、妊婦のあいだで水中出産が人気になっているのもそんな理由からだという。
「わかった、すぐに入れる」
その後の父さんの行動は機敏だった。

バスルームに入ると、まず洗剤をつけたスポンジでキュッキュ、キュッキュと浴槽を洗った。そして、シャワーで泡を洗い流しながら同時にお湯の適温(この場合は幾分ぬるめ)を探る。それで、これだという温度になったら、綺麗になった浴槽にお湯を溜めはじめる。
その間、額やまつ毛から汗がポトポトと滴り落ちたが、まったく気にならなかった。無心とまではいわないが、黙々と山道をのぼるあの心境に近かった。


助産師の藤井さん

「ど〜も!」
インターフォン越しに、助産師の藤井さんの明るいの声がマンション内にこだましたのは午後3時をまわったころだった。
急いで玄関に走りドアをあけると、紫色の大きな風呂敷包みを抱えた藤井さんがにっこり笑って立っていた。
「お待たせ!」
普段通り、元気一杯の藤井さんである。
「どーも、待っていましたよ。道にでも迷ったんですか?」
父さんとしては、やはり遅れた理由が気になったのだ。
「とんでもない。パパさんの書いてくれた地図、バッチリでした」
藤井さんは、父さんのことを『パパさん』と呼んでいた。
「出がけに、おとといお産をすませたお母さんから電話があって…。ごめんなさいね、遅くなって。ママさん大丈夫かしら」

だからといって、藤井さんが恐縮していたかといえばそうじゃない。
余裕しゃくしゃくといった感じで、抱えていた風呂敷包みを床に置くと、履き口がマジック開閉タイプになっている健康シューズの甲の部分を勢いよくバリバリと剥がした。
父さんは訊いた。
「そのお母さんに、なにかあったのですか?」
すると藤井さんは、呆れたとばかりに手のひらをひらひらさせて応えた。

「赤ちゃんの手足が干からびて大変なんです。象みたいに皺だらけになっちゃったんですけど〜、どうしたらいいんでしょうか〜って。もう慌てちゃってね」
そういいながら藤井さんは、脱いだ健康シューズの向きをくるりと変えた。
ちなみに藤井さんは50歳代の後半である。
再び、父さんは訊いた。
「新生児によくある、脱水症状のあれですか?」
妊婦のバイブルといっても過言ではない名著、岩波書店の「家庭の育児」にそんなことが書いてあったのを思いだしたのだ。父さんはすでに、あのぶ厚い本にひと通り目を通していた。

「そうそう。オッパイあげていれば二、三日でよくなるの。でも最近のお母さんはそれが普通のことっだて知らないから、なにか大変な病気かもしれないって思っちゃうのよ。なかには母乳を止めてミルクを沢山飲ませた方がいいんでしょうか…なんてことを聞いてくるお母さんまでいるのよ」

藤井さんはいつでも、さばさばとした口調で物事の核心をついてくる。
玄関の隣にあるバスルームで入念に手を洗いながら、藤井さんは続けた。

「ほら、人工乳の缶があるでしょ。赤ちゃんといえば、あのかわいい笑顔のプチプチ肌だって思い込んでいるお母さんが多いから。本当はその人工乳が問題なのにみんな惑わされちゃうのよ、あの写真にね」

人工乳など母乳の足元にも及ばない。なのに多くの母親がなにかあると母乳育児を放棄して人工乳に走ってしまうのは、乳業メーカーの巧妙な宣伝活動によるところが大きいのだ、と藤井さんは常々怒っていた。
免疫力の高い母乳を飲んで育った赤ちゃんは、人工乳(いわゆるミルク)で育てられた赤ちゃんにくらべて、アトピー性皮膚炎などにも罹りにくいのは証明済みなのだという。
もちろん、他の病気に対しても強い。
そもそも万人に効く薬がないのと同じように、どんな乳児にも対応する人工乳(乳業メーカーにいわせれば母乳代用品)など存在しないのだ。
だからこそ人間には母乳がある。
「それぞれの赤ちゃんの体質にぴったりあった完璧な滋養物が母乳なの!」
それが藤井さんの口癖でもあった。
そんなことに考えをめぐらしながら、父さんは藤井さんをリビングに案内した。

「ママさん、どう? 顔色いいみたいね」
すでに風呂からあがり、再び『考える人』になっていた母さんを目にするや否や藤井さんはいった。
助産師としての藤井さんの関心は、妊婦がどんな格好でどんな呻き声をあげているのかではなく、その顔色や目つきにあるようだった。
例のとぎれとぎれの話し方で母さんが応えた。

「痛いけど、なんとか、頑張っています」
「今、陣痛がくる間隔はどれぐらい?」と藤井さんが尋ねた。
「だいたい、3、4分」
「もうちょっとね。お風呂には入ったの?」
「さっき」
「それはよかった。何度でも入っていいのよ。特にきょうみたいに暑い日は、清々するから」

そういうと藤井さんは風呂敷包みを開いて、荷物の一番上に載っていた真っ白い木綿の割烹着を取りあげた。そして、左右の握り拳を交互に突き上げるような格好で袖に腕を通すと、「さて」と軽く気合いを入れた。
肝っ玉母さんの勝負服。やはり割烹着は白に限る。


「そのとき」までの数時間

「蒲団の部屋に、いく」
短い息をひとつついて、母さんは、君をいたわるようにお腹の下に両手をあてがいながらゆっくりと立ち上がった。
「どっこいしょ」
藤井さんが、母さんの代わりに声をだして拍子をとった。
慎重な足取りでのろのろと四畳半の和室に入った母さんは、白いビニールシートのかけられた敷き蒲団の上に横になった。
三方が襖になっている室内は薄暗い。でもきっとそんな明るさの方が気分が落ち着くのだろう。
すると藤井さんは、母さんの横に座ってマッサージをはじめた。
膝頭から脹ら脛の裏側をゆっくりと揉んでいく。ごつごつした手。でもその手は、生身の人間に触れながら多くの夢や希望をたぐり寄せてきた手に違いないのだ。

藤井さんが父さんの方を向いていった。
「パパさんは、足の裏を押してあげてね」
脚の長さの割には、母さんの足は小さい。
父さんは母さんの足を自分の膝の上に載せると、土踏まずのあたりに右手の親指をぐっと押しあてながら、左の手で母さんの足の指全体を軽く揉みはじめた。
冷え性の母さんの足は、夏の暑さのなかにあっても指先が冷たかった。

しばらくして、室内にノーザン・オリオール(ムクドリ科の小鳥)のさえずりが響きわたった。この日のために買った掛け時計で、12種類の野鳥の鳴き声で時刻を知らせてくれる。
ノーザン・オリオールがさえずれば午後6 時ということ。
掛け時計のほかにも、リビングには君が生まれたときに必要なありとあらゆるものが準備されていた。

まず柔らかい綿製の産着。これは兄夫婦から譲り受けたもので、白地に薄水色の花火模様が入っていた。そしてバスタオル5枚と布オムツ14枚(これも兄夫婦から)。マジックテープのついたオムツカバーが2枚。
その横の木製の盆の上には、抗菌性のあるハーブの目薬(自家製。出生直後の新生児に必要)とヘソの緒を切るときに使うハサミ、熱湯で殺菌されたガーゼが入ったタッパー。
壁際にある入れ子式テーブルには、新生児(つまり君だ)の身体測定に必要な折り畳み式の木製物差しとフックのついた古めかしいバネばかりが、胸囲を測るときに使用する一巻きのたこ糸と共に並べてあった。

「お湯を沸かすのは、もう少したってからにしましょう」
分娩まであと一、二時間。母さんの子宮口の開き具合を診て、藤井さんはそう読んでいた。
「いま8センチ弱だから」
母さんはといえば、もうほとんど言葉を発せない状態だった。
俯せの姿勢で枕に顔を押しつけ、うーん、うーんと唸っては、はーッ、はーッと息を継ぐ。
目の端には涙が浮かび、右手には軟式のテニスボールが握られていた。
父さんはそんな母さんの背中を両手で撫でていた。

力んではいけない。
母さんの規則的な呼吸のリズムを乱さないように細心の注意を払う。
そのとき、藤井さんがはたと思いだしたようにいった。
「パパさん、シチューのルーは買っておいてくれた?」
「はい!」
文字通りの即答である。
「種類はなんでもいいんですよね」
「そう、ママさんの好きなもの。まあ最初は抵抗があるかもしてないけど、シチューにすればおいしく食べられるから。パパさんも試さないとダメよ」

――ああ、やっぱりマジだったんだ。

母さんの背中を撫でていた父さんの手が一瞬とまった。
藤井さんのいう[抵抗があるもの]とは、胎盤のことだった。
広辞苑には、
【妊婦の子宮内壁と胎児との間にあって、両者の栄養や呼吸、排泄などの機能を媒介・結合する盤状器官】
そして、【胎児の分娩後、続いて胎盤も排出される】とあった。

藤井さんによると、産後、母体から排出された胎盤には、お産を終えた妊婦に必要な栄養素が全て含まれているのだそうだ。
だからそれを食べる。
よって「胎盤シチュー」なのだ。
父さんは訊いた。
「みんな食べるんですか? あまり聞いたことがないけど」
父さんなりの最後の抵抗である。
ところが藤井さんは、
「野生動物は、大方食べるんじゃないかしら」
とサラリと受ける。そして続けた。
「私のところにきた妊婦さんたちには勧めているの。産後の肥立ちが抜群によくなるから。病院なんかだと生ゴミ扱いにされちゃうけど、もったいないもいいとこね」

そういいなが藤井さんは、うーうー唸っている母さんの手のひらを揉んでいた。親指と人差し指の付け根部分。そこを適度に圧迫すると痛みが和らぐらしい。
仕方なく父さんは、既に進行中の現実を受け入れるべく、実際的な質問をすることにした。
「味なんかはどうなんですか。その胎盤の…」
「悪くないわよ。塩をひとつまみ余計に入れるのポイントかな。ちょっと筋っぽいけど、じっくり煮込めばいい味がでてくる。それから胎盤と一緒にへその緒も輪切りにして一緒に煮込むの。こっちはコリコリした歯触りでホルモンみないな感じかな」

――へその緒?

そんな話は聞いていなかったような気がしたが、父さんにそんな疑問を口にする余裕はなかった。
ともかく、味の問題である。
「バジルなんかも入れていいのかな…」と父さん。
「もちろん。なんでも好きなものを入れていいの。パパさんも食べてみればわかるわよ。おいしいから。ともかく、ママさんは向こう一週間、胎盤シチューだけでOK!」
右手の指でOKサインをつくると、藤井さんはひとり笑って見せた。
やれやれ。

胎盤は(多分、へその緒も…)、藤井さんが全て切り分けてくれることになっていたのだが、当然一度に全部食べられる訳ではない。したがってそのほとんどは冷凍保存されることになる。
要するに、食事のたびにそれらを適量解凍してジャガイモやら人参やら椎茸やらと一緒に煮込んで、胎盤シチューをつくるのは父さんの役割になるのだ。
溜息の一つぐらいは許されるだろう?
その点、母さんは違っていて、藤井さんから最初に胎盤シチューの話を聞いたときから興味津々で、どこか楽しみにしている節まであった。

それは母さんの生命観とどこかで通底しているようでもあった。
人間に生来備わっている機能、広い意味でいえば生き物が生きるために自ら作りだすありとあらゆるものには固有の目的があり、それに抗うことは生き物としての自己を否定することに他ならない。
母さんはそのような信念というか、生命観の持ち主だった。
だからなのだろう。
母さんと藤井さんは妙にうまがあった。
そんな二人のまわりを衛星のように回っていたのが父さんなのだ。


そして、誕生の瞬間に…

午後7時過ぎ。
四畳半の和室(わが家の分娩室である)で母さんの触診をしていた藤井さんが、ぼそりといった。
「自然破水。子宮口も全開。ぼちぼちかもね」
実はその少し前から母さんの様相が一変していたのだ。
それまでは、陣痛の痛みをうーうーという呻き声の形に還元して体外に放出していた母さんが、突如、猛り狂った野獣のような叫び声を発するようになったのだ。

「くるくるくる、やだやだやだ!」

容赦なく打ちよせる陣痛の荒波に漂い揉まれながら、あらん限りの声を張り上げて助けを求めているといった感じ。小節の利いただみ声というのか、かすれぎみの太い悲鳴というのか、なににしろその声は襖や壁はおろかマンション全体が揺れるほどの大きさだった。

「いやーッ、いやーッ!」
「NO! NO------------OH! 」

ともかく母さんは叫びまくった。
すでに日は暮れかけていて、室内に差し込んでいたオレンジ色の西日もだいぶその明度を失っていた。東側に掛けてある遮光カーテンの隙間からは、隣のマンションの部屋に明かりが灯っているのが見えた。父さんのマンションと隣のマンションは、幅約2メートルの通路を挟んで並んで立っている。
で、ふと思った。

――隣近所にも、この絶叫は聞こえているんだろうなあ。

そう考えると、にわかに父さんの胸の中に不安が広がった。
母さんの絶叫を耳にしたどこかの誰かが、慌てて受話器を握る光景が頭に浮かぶ。
目の前では、藤井さんが触診用の新しいゴム手袋の用意をしていた。
父さんはいった。
「事情を知らない人がこの声を耳にしたら、ドメスティック・バイオレンスかなんかと勘違いして警察に通報しちゃうんじゃないかな」
状況からすれば、充分あり得ることのように思えたのだ。

ところが藤井さんはといえば冷静沈着。父さんの心配事など荒唐無稽だとばかりに軽く受け流した。
「まあそのときはそのときで、お巡りさんに近所まわりをしてもらいましょうよ」
そして、穏やかな口調で父さんに現実的な指示をだした。
「パパさん。ママさんを背中から抱えてあげて」
静かだが有無をいわさぬ力がそこにはあった。

父さんは素早く持ち場についた。
背中を押入と押入の間にあった柱につけ、両腕を母さんの背後から脇の下にまわす。それから上半身を抱え込むようにして中腰になる。そして、その体勢を保ちながらビニールシートの掛けられた敷き蒲団の上に静かに腰を下ろした。
傍から見れば、パンダかなにかを背後から抱きかかえているような格好である。

一方、藤井さんはといえば、母さんを抱えている父さんの正面で立て膝の姿勢をとっていた。
「口の痺れ、手の痺れはどう?」
藤井さんが母さんに尋ねた。
絶叫を繰り返していても状況判断はできているらしく、母さんは藤井さんの問いに二度三度、首を横に振って応えた。
特に痺れはないようだ。
そんな母さんの仕草をみて藤井さんは頷く。
「大丈夫、大丈夫。落ち着いて」
しかし、そういわれてもやはり痛いものは痛いらしく、数秒、長くても十数秒ごとに、耳を劈くような叫び声が、母さんの口から飛びだしてきた。

「いやーッ」
「ぎゃーッ」
「Oh my god!」

まさに激闘である。
よく考えてみればそれもそのはずで、母さんにとってはどれもこれもが初めての経験なのである。
肉体的な痛みのほかに、未知の世界に一歩一歩足を踏み入れていくような恐怖感だってあるだろう。ほんとうに自分は子供を産み落とせるのかという不安も拭いきれてはいないだろう。
藤井さんが、幼子を慰めるような口調でいった。
「はーい、力抜いて。そう大丈夫よ。ほーら、卵胞が出てきたよ」
卵胞? 
なんだろうと思い、一応訊いてみた。
「卵胞ってなんです?」
「赤ちゃんが入っている袋。それが出てきているから、もう直ぐのはずなんだけど」
そういいながら藤井さんは、母さんの子宮口のあたりを触診しているようだった。
「力抜いて。さあもう一回、息んで息んで!」

藤井さんの息んで息んでの声がかかるたびに、父さんの前腕を掴んでいる母さんの手に力が入った。するとその指先の爪が、ギュッと父さん皮膚にくい込んでいく。
最初のうちはかなりの痛みを感じていたのだが、何度か繰り返されているうちに徐々に感覚が鈍ってきて、暫くするとなにも感じなくなっていた。
父さんの腕はもはや父さんのものではなかった。

さらに、母さんと柱の間に挟まれている身体もまた、すでに部屋の一部になってしまったかのような感覚だった。
だからなのだろう。耳を劈くような母さんの叫び声すら、いつしかまったく気にならなくなっていた。それは、意識だけが自分の身体から遊離し、薄暗い室内の高みにそっと浮かんでいるような感覚だった。

藤井さんがぽつりとつぶやいた。
「ママさんの勢いに負けて、なかなか出てこないね」
それは母さんにではなく、父さんに向けられた言葉のようだったので、ほんの少し考えてから、父さんは応えた。
「恥ずかしがり屋なのかな」
すると藤井さんは、「照れているのかも」といって今度はけらけらと笑った。
と、そのとき午後8時を知らせるブラックキャップ・ティカディ(シジュウカラの一種)のさえずりが聞こえた。

――ということは、母さんはかれこれ一時間以上も髪を振り乱しながら雄叫びをあげていることになる。自然破水したのが午後7時過ぎだったから、いくらなんでもそろそろ出てきてもいい頃なのに…。

そう思うと父さんは少し心配になった。
「ちょっと、時間がかかり過ぎですか?」
藤井さんにそれとなく訊いたのだが、そんな父さんの言葉は母さんの絶叫にかき消されてしまったらしく、父さんへ応える代わりに、藤井さんは母さんに声援を送った。
「どんな声をだしてもいいから。がんばれ、がんばれ。もう、このお腹ともサヨナラだよ」
さすが肝っ玉かあさん。
藤井さんの落ち着きぶりはまさに百戦錬磨の強者といった感じで、その表情は、苦悶に満ちた母さんのものとは対照的に心底楽しそうでさえあった。

そのときだった!

父さんから見て左側、つまり東側のサッシ窓に掛かっていた銀箔色のカーテンが一瞬波打った。
母さんの左足が遮光カーテンの裾に触れたらしく、その爪先を見ると親指がこちら向きにギュッと反り返っていた。
その反り返った母さんの左足の親指を発見するや否や、父さんは思わず声をあげていた。

「きたきたきた、きたゾ〜っ!」

知らず、母さんを抱えていた腕にも力が入った。
前方では藤井さんが、
「はッはッはッはッ、いいよ。大丈夫。はいはい、そら頭がでたよ!」
と叫んだ。
そんな藤井さんの声を追いかけるように母さんの荒い息づかいが聞こえた。
「はッはッはッはッ、はッはッはッはッ」
いよいよである。
父さんの腕の中で母さんの身体がめいっぱい緊張する。
そして、この日最大級の雄叫びが室内にこだました。

「いやだ〜ッ!」

すると、抱えていた母さんの身体全体からスーッと力が抜けていき、同時になにかがズルリとビニールシートの上に滑り落ちる音がした。
束の間、室内がしんとした。
直後、
「はーい!」という甲高い声に続いて、「時間確認して下さ〜い」と叫ぶ藤井さんの言葉が父さんの耳に飛び込んできた。
――やった。というのか、
――終わった。というのか。
そんな感情が胸に湧きあがるのを感じながら掛け時計に目をやると、時刻は午後8時10分を少しまわったところだった。

「8時12分です」

そういいながら父さんは、母さんの肩越しにビニールシートの上をのぞき込んだ。するとそこには、藤井さんの手の中で臆病なウサギのように縮こまっている君がいたのだ。
皮膚はグレーがかった薄紫色。
顔を下にして手足をくの字に曲げているその姿は、メスのカブトムシに似ていた。それにしても小さい。

藤井さんが母さんの目の高さに君を持ち上げながらいった。
「さあ、どっちだ? あッ、男だ!」
その藤井さんの言葉に呼応するように母さんも、小さく叫んだ。
「男だ、男だ」
母さんは藤井さんから君を預かると、汗ばんだ自分の胸の上にそっとのせた。

生まれたての命である。

目はまだ閉じられたままだったが、ほの字につぼんだ口は、母さんの乳房と乳房の間で微かに動いていた。それは開花を躊躇っている小さな花の蕾のようで愛おしかった。

「息、しているね」
と父さんがいうと、
「大丈夫。グーは大丈夫」
と母さんが応えた。

その声は、幾分ざらつき掠れてはいたものの、柔らかな調子になっていた。
そんな母さんの表情をニコニコしながら眺めていた藤井さんは、「胎脂をからだに塗り込みましょうね」というと、君の身体についていた乳白色の胎脂を丁寧に皮膚全体に塗り込みはじめた。
マッサージの要領で小さな背中から細い手足へ。小さな一本一本の指にも手早く胎脂を塗っていく。
そして藤井さんがいった。
「よく頑張ったよ、きみ。どこにも問題ないね」
すると、おずおずというか、にわかにというか、君が泣き声をあげた。

「キャー、キャー、キャー」
と三回。
その後ひと呼吸おいて、また、
「キャー、キャー、キャー」
と三回。

それが、はじめて耳にした君の声だった。
産声である。
その声は想像していたよりも遙かに細く危ういものだった。
はかなくて頼りなげな泣き声。
それは生まれたばかりの子猫の鳴き声のようでもあり、どちらかといえば心許ないものだった。けれども産声があがるたびに全身が薄紫色から淡いピンク色に変わっていく様子は、神秘的でありかつ感動的だった。
新しい命が君のからだ全体に浸透していくようで見ていてぞくぞくした。

「凄いなあ」

父さんには、他にいい表しようがなかったのだ。
そんな君を目を細めて見つめていた母さんの横顔に、藤井さんがいった。
「最後、きつかったね」
「うん。でも、もう忘れたみたい」
そういいながら母さんはトントントンと三度、君の背中を優しくたたいた。
トン、トン、トン。
すると君の目が静かに開いた。
母さんの胸の上で、ほんの少し顎を上に向けるようにしながら、君はしっかりと目を開けたのだ。
父さんと母さんはほぼ同時に小さな君の顔を覗き込んだ。

ブルーグレー、鳶色の瞳。

それは父さんの色でも母さんの色でもない瞳の色だった。

「やあ、父さんだよ」

その瞬間、それまでに感じたことのない激しい感情が父さんの全身を貫いた。


生き方が変わるということ

人生が一夜にして変わるなんて到底ありえない。
常々、父さんはそう考えていたのだが、違っていた。
父さんの人生は君の真っすぐな視線を目の当たりにした瞬間、真っ二つに分かれた。
前と後にすっぱりと分離したのだ。
それも、決定的に。

厳密にいえば、君が母さんの胎内にいたときから父さんとの親子関係は始まっていたのだけれど、ともかくあの瞳だ。
あの瞬間の君の瞳がすべてだった。
その瞳は森羅万象を呑み込んでしまう深淵であり、知恵の実を食べ過ぎて穢れきった大人(親と言いかえてもいい)の本性を映しだす純粋だったように思えた。




かえるかな
(photo:kazuhiko iimura)




「ママさん、パパさん、見て。目を開けたわよ」(藤)
「見た見た。母さんを探しているんじゃない?」(父)
「あっ、今、あなたの方を見たわよ」(母)
「うん、見てる見てる」(父)
「おなかの中で聞いていたパパさんの声、覚えてるのよ」(藤)
「全然まばたきしないけど。あっ、また母さん見てるな」(父)
「顎あげちゃってどうしたの。ねぇ、君、オッパイ飲む?」(母)

そういうと母さんは、君の口を自分の乳首にあてがった。
「おっ、いきなり口にいれたぞ」
「パクパク、すごく強く吸ってる。オッパイ出ているかどうか分からないけど、すっごく強い。痛い、噛んじゃダメよ」
「でも、なんとなく老けた顔してないか?」
「どの子もそうなの。目の形なんてあなたにそっくりよ、アーモンドみたいで」
「どっち似かしら。涼しい顔してるわよね」
そんなたわいもない会話を母さんと交わしながらも、父さんの胸は自分が父親になったのだという実感で溢れていた。
それは信じられないぐらい硬い信念であり、自分自身が存在していることの最大の意味であるように感じられた。

――どんなことがあっても、とことん、わが子を守り抜く。

それ以外に父親としての存在価値はないのだ。
君の命が危険に晒されたとき、君を救う唯一の方法が自分の命を差し出すことであったなら、父さんは喜んでこの命を差し出す。
そう考えただけで父さんの身体は幸福に震えた。
喜びに胸が躍った。

大袈裟ないい方をすれば、それはまさに根元的な啓示であり、君を、そして君という新しい生命を生み出した母さんを守ることが自分の生きる目的であると確信したのだ。

これには父さん自身が驚いた。
そんな心境になるとは夢にも思っていなかったのだから。
ではどうしてそんな確信が父さんのなかに沸きあがってきたのだろうか。
それはひとえに、君が病院などの非日常的な場所ではなく、自宅という見慣れた空間で生まれたということがとっても大きいような気がする。
見慣れた空間の、連続した時間の流れのなかに生じた変化。
きのうまでは、父さんと母さんしかいなかった部屋にきょうは君がいる。
ただそれだけの変化なのだが、その変化がありふれた日常の中で起こったという事実は、想像以上に父さんの心を激しく揺り動かしたのだ。
多分、それは母さんにしても同じだったろう。

――とことん、守る!

そう決心すると父さんは、自分が実際よりもいい人間になったような気がして嬉しかった。
そう感じた自分自身が誇らしかった。
それもこれもすべて君のお陰なのだ。


サヨナラ、あんころもち、又きなこ。グー!

約束通り、母さんの胎内で「産出」された胎盤やヘソの緒は、藤井さんによって無事調理された。
ステーキナイフが胎盤を切り刻んでいく光景は、お世辞にも美しいとはいえないものだったが、そこから流れでた血液の鮮やかな赤い色には度肝を抜かれた。
胎盤シチューを楽しみにしていた母さんがあの血液を見たら、さぞや感動したことだろう。24時間近く陣痛と戦った母さんは、そのときにはもうぐっすりと眠っていた。
静かで規則正しい寝息。
そんな母さんの横には籐製のバスケットが一つ。なかでは、つい今しがたまでその鳶色の瞳でこの世の不思議(?)をしげしげと眺めていた君が穏やかな表情で眠っていた。
小さな尻をポコン!と突きだした格好は、実に滑稽だった。

やはり、カブトムシの形である。

帰りの支度を済ませた藤井さんが、そんな君と母さんに目をやりながらいった。
「ママさん、疲労困憊ってとこかしら。でも、ぐっすり眠っていられるのも今晩だけだから。パパさん、明日から頑張ってね」
昼夜の区別がない赤ん坊の世界。
そんな生活がこれから先しばらく続くのだということを、藤井さんはやんわりと父さんに伝えたかったのだ。

「重々承知しております」

父さんがわざと慇懃に応えると藤井さんは、
「OK、それじゃ」といって、すたすたと玄関に向かった。
ところが靴を履く間際になって突然クルリと振り返ると、いきなりある唄のようなものを口ずさんだ。

「サヨナラ、あんころもち、又きなこ。ギュッ!」

最後の〈ギュッ〉のところでは小さな握り拳をつくった。
「なんですか、それ?」
父さんが尋ねると藤井さんはニコリと笑って、
「わらべ唄よ、いいでしょ」と応えた。
「サヨナラ、あんころもち、又きなこ。ギュッ!」
口ずさんでみると、ほっかりした語感がとっても良かった。
すると藤井さんは、最後の〈ギュッ〉のところを〈グー〉に代えてもう一度口ずさんだ。もちろんその〈グー〉のところでは小さな握り拳をつくった。

「サヨナラ、あんころもち、又きなこ。グー!」

さすがは肝っ玉かあさん。なにげに洒落た真似をしてくれる。
藤井さんのつくった右手の握り拳を見ながら父さんは思った。

――そうだなあ。もうグーじゃないんだなあ。

玄関からマンションの外階段にでてみると、やはり外は真夏の夜だった。
三夜連続の熱帯夜。
もわっとした熱気が辺り一帯をおおっていた。
唯一、遠くに聞こえるセミの鳴き声だけが、沈滞した空気に微かなアクセントをつけていた。懸命に胸を震わせて一心に生命を放散するセミ。
もし命が7日間しかないのなら、それこそ昼も夜もないのだろう。
藤井さんはこちらに手を振りながら、マンションの横にある月極め駐車場沿いの舗道を歩いていた。
その遙か向こう側。夜陰に濃い緑が点在する碑文谷の低い住宅街の彼方では、東京タワーの航空障害灯が赤く、静かに明滅していた。

(飯村和彦)


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2012年12月13日

見たまま、感じたままを、言葉に!



ハードディスクに保存している
写真の整理をしていたら、
とっても懐かしい一枚がでてきた。
↓の写真(ドリルの答案)は、
娘が6歳になったばかりの頃に書いたもの。
小学生の兄を真似て、
お遊びで国語のドリルをはじめたころだ。

設問は、
絵に合う挨拶の言葉を「選ぶ」ものなだろうが、
娘、そんなことは気にしない。
絵をみて、彼女なりに感じたことを、そのまま言葉にしていた。



万弥のあいさつ!



,はようございます。
△じゃましました。
おいしそう。
いいしかった。
イい修い任い襦
Δいってきた。(かえってきた)


どうだろう?
もしかすると「親バカ」といわれるかもしれないけれど、
私はこれを見たとき、
娘の書いたそれぞれの「言葉」に、めまいを覚えるほどに感動した。
決まりきった挨拶なんかには見向きもせず、
(多分、問題が何を求めているのか分からなかっというか、頓着しなかった)、
自分の感じたままを、
思った通りのことを、
そのまま言葉にしていた。

どれもこれも絵とぴったりの表現じゃない?

「これってタカラモノだ」
そう思ってすぐに、ドリルの紙面を写真に収めたのでした。
もちろん大きな花丸で120点!

あれからもう8年。
いまの娘、
もし選択肢がなかったら、どんな表現にするのだろう。
とっても興味があるけれど、
たぶん娘、ふふん…と笑ってお仕舞いかな。
まあ、それはそれでいいのだけれど。

(飯村和彦)



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2008年08月15日

光陰矢の如し

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2008年05月23日

バレエに没頭、娘の個性



好きなことを見つけて、
それに没頭できること。
そして、
集中すること。
楽しむこと。

娘は今、バレエの虜になっている。
レッスンを開始して、まだ3ヶ月。
にも係わらず、
その上達ぶりには目を見張る。


バレイ練習


9月に催されるという発表会。
今は、その振り付けの練習をしているのだが、
驚くべきスピードで覚えていく。
「きょうは2曲目の途中まで習ったの」
そういいながら、
その日のレッスンで覚えたステップを披露。
つま先から指先まで、
彼女なりにきちんと気を配っている。

元来、娘の身体は柔らかい。
手足、身体がグニャリと曲がる。
それもバレエには向いているらしい。
「父さん、見ていて!」
そういった直後の彼女の目は真剣なものになる。
そして舞う。
一点を見つめ、
頭の中を流れるメロディーにのって、彼女は踊る。
その姿は、なんだろう…
個性そのもの?


(飯村和彦)


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2008年01月11日

英国流サッカー教室



愉快な練習に見えた。
というのは、
息子が参加した英国流サッカー教室のこと。
コーチたち(3人)はイギリス人で、
みんな声が大きく、明るく楽しい。


英国サッカー


練習そのものは、
基本である「止めて蹴って走る」が中心なのだが、
より楽しく学ぶための工夫がなされていた。
“黙々と…”という印象はない。


英国サッカー2


ベッカムやオーエンなどという選手たちも、
もしかすると、
こんな環境で練習していたのだろうなあ。
ハードでありながら、リラックスした雰囲気。
悪くない。
「結構、楽しかった」
とは息子の感想である。
いいじゃない、悪くない。


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(飯村和彦)


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2007年12月13日

ある祝祭の象徴


Happy Hannukah !

hannukah


世界には、
さまざまな祝祭がある。
そして、
それぞれに、
静謐な瞬間がある。


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(飯村和彦)


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2007年11月17日

ダイヤル式電話機、悪いことが出来難かった時代



その電話をみたとき、
娘はちょっと驚いたようだった。
というか、
かなり興味を惹かれたようだった。
考えると、
ダイヤル式の電話機など
身の回りにないから。


古い電話機


そういえば、
電車の切符についても似たことがあった。
「ちょっと前までは、
切符は一枚一枚、駅員さんが切っていた」
と子供たちに教えたら、
「ウソ? めんど(くさい)」
とのリアクションだった。

彼らは、
改札鋏の小気味いい音を耳にしたことがない。
駅員の、あの早業を目にしていない。
だから、そんな反応になるのだろう。

そのようなことは、
レコードであったり、
テレビのチャンネルであったり、
NY地下鉄トークンであったり、
猫のエサ(ちょっと質は違うが…)であったり、
季節ごとの果物であったり、
皆さんご存知のようにあれこれある。

そんないちいちについて、
改めて子供たちと見ていくと、
これが結構興味深い。
便利で効率的ではなくても、
そこにはいつも安心感があった。

だからかどうかは知らないが、
その頃は、
まんじゅうの賞味期限や、
肉や魚の生産地表示に、
神経を尖らせるようなこともなかった。
「悪くない時代」だったのだ。
言い換えれば、
「悪いことが出来難い時代」だったのだろう。


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(飯村和彦)


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2007年09月29日

今日まで、そして明日から



このブログを始めて、もうすぐ2年。
時が経つのは、
やはり、…早い。


42


数年前に廃刊となった著書、
「ニューヨークが笑ってる」の、
復刻版的な意味合いで開始したこのブログ。
けれども、その内容は、
当然、それだけにとどまらず、
“日常とその周辺領域”にまで発展しました。

そして、この間に、
多くの方々と有意義なやり取りもできました。
感謝の気持ちで一杯です!


42nd.


さて、今後ですが、
これまで通りで…、
といいたいところでなのですが、
時間的余裕のあるなしの関係で、
多分、そうはならず、
更新頻度が、相当落ちることが予想されます。

どうか、
その点、ご容赦のほどを…。


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(飯村和彦)


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2007年08月28日

夏を駆け抜ける子供たち



真夏のビーチ。
波音や風の強さに負けない、
子供らの歓喜…。


夏の海とキッズ


さて、
あと何年、
彼らと共に、
夏の砂浜を快走できるのか。

30回?
40回?

もし、30回だとすると、
自分は80近く、
息子と娘は40前後。

それで、
軽快なステップを踏める?

これって思考する類のものじゃないな。
その時は、
嬉々として…走るのだ。
Happyに!


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(飯村和彦)


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2007年08月12日

真夏のピーチ(フロリダ)



広いビーチを貸し切り状態。
なんとも贅沢な気分。
シャワーもシンプルだ。


フロリダビーチ


フロリダの海。
透明度も抜群だった。



(飯村和彦)

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2007年08月09日

夏の女神(NY)



自由は、
未来の礎。


女神と…


彼は、「未来」そのもの。
そのまま、
そのまま。

何が邪魔する?
妥協?


Twinカッコイイ・NEWYORK 【Tシャツ】!



(飯村和彦)


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2007年08月05日

娘・夏の日の午後



ニューヨーク。
幼い娘、
なにを想う?


夏の日2000


2000年のことだ。
そう、
マンハッタンには、
まだ、
WTCが聳えていた。



(飯村和彦)


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2007年07月10日

洗濯された「猫」



約8年前、
マンハッタンで買った「猫」。


ニューヨークから、縫いぐるみ猫


娘が一番好きな縫いぐるみ。
今でも、
この猫は、
毎晩、娘の枕元で眠る。


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(飯村和彦)


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2007年06月17日

視界は良好?



親に似て、
長男、目が良くない。


検眼


さて、
今度はどんな感じ?


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(飯村和彦)

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2007年06月10日

サッカー公式戦!



息子、
1得点。見事なボレーシュートだった。
けれども、
試合は、1-2で敗退。
残念。


ゴール前


けれども、
諦めず、
走りに、走った。


走る走る


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(飯村和彦)


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2007年05月12日

奇妙な「顔」になった!



娘の誕生パーティ恒例。
我が家の「福笑い」
↓が今年の“作品”


顔


娘と、
彼女の仲良し5人+息子+妻による、
共作だ。
毎年のことだが、
これ、
最高に笑える。

世界に一つだけ、
ここだけの、
奇妙な「顔」。
極めて簡単にできるので、
皆さんも、
何かのパーティのときには、是非!

ポイントは、
元になる「顔」自体を、
“芸術的”に描くこと!


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(飯村和彦)


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2007年04月24日

君はサルか?



f1a76ab0.jpg


娘だ。

慎重に、
手足の置き位置を、
決める。
落ちるなんて、
考えない。


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(飯村和彦)


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2007年04月01日

自慢のサッカーボール



少し前になる。
サッカー教室に参加した息子が、
指導してくれたプロの選手たちから、
サインをもらってきた。


自慢のボール


ところが、
彼はといえば、
その後も、↑のボールを、
日常的に使用していたので、
いつしか、
大切なサインは消えてしまった。

まあ…、
ボールを蹴るたびに、
サインが目に入る訳だから、
練習で教えてもらったことを、
思い出す。

つまり、
サインは消えても、
「技術」は身に付いた、
…に違いない(?)。


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(飯村和彦)


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2007年03月27日

ビーターラビットと一緒に…



6a609ab7.jpg


娘が、
ピーターを好きかどうかは別として、
彼女は、ウサギが好きだ。
けれども、
このウサギには柔らかな毛がない。
となると、また、
話が違ってくるなあ…。


(飯村和彦)


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2007年02月17日

Baby人形を抱く、Baby



娘が今、
小学校の授業で、
「自分史」的なことをやっている。

↓の写真は、
彼女が1歳丁度の頃。
この写真を使って、
生まれてから一歳位までのことを、
娘なりに書くらしい。



娘1歳、ベービー人形



ベービーがBaby人形を、
スリングに入れて抱いている…。
いい写真じゃない?
我が著書「ダブル」にも、
多分(?)、使っていた筈。


(飯村和彦)

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2007年01月11日

娘は歌が好き、息子が撮った!



知っている曲を、
ラップ(?)風に歌う娘。
頻繁にではないが、
彼女、
気が向けば、
パフォーマンスを披露する。


魚眼写真、息子作


↑は、
そんな娘の姿を息子が撮影したもの。
写真に施されているエフェクトは、
彼自身の手によるものだ。
あれこれ、
やってくれる。



(飯村和彦)


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2007年01月09日

娘が見た、成人女性!



きのう、
成人式の日。
娘が、
「晴れ着姿の、
お姉さんたちを見たい!」
というので、
近所の駅へ行ってみた。

すると、
約1時間の間に、
「210人!」(…娘がカウント!)
もの、
成人女性を目撃した。


成人1


成人2


成人3


成人4


成人5


成人6


将来、
娘も“確実に!”、
この日を迎える。
その日に、
彼女は、
父と一緒に晴れ着姿を探した、
幼い日のことを、
どう、回想するのか…。

それを考えると、
胸が、
“きゅん!”としてしまう、
父親である。


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(飯村和彦)


newyork01double at 21:24|PermalinkComments(2)

2006年12月17日

クリスマスツリーと吉田拓郎さん



「忙しいから」
…これって言い訳にしちゃダメ。
特に、
心身共に消耗している時ほど、
この言葉に逃げ込んだら負けだ。

という訳で、
本日は、
子どもたちと、
クリスマス・ツリーの飾りつけ。

毎年、
我が家のツリーは、
屋上に置いてあるパインの木を使用。
一年に一度だけ、
リビングに持ち込むから、
この木にとっては、
年に一度の「檜舞台」…。


さて、
↓は今年仲間になったカンガルー。


カンガルー


妻の知人からのプレゼント。
オーストラリア人らしい。

↓は、今年で3年目(?)になる、
ベリー系。


フルーツ


ラズベリーのような色合いが、
いいでしょ?

で、↓が「電球型」(?)
なんと呼ぶべきか、言葉が浮かばないので…。


ライト型


このオーナメントは、
実は、かなり重い。

そして、↓が「王室系」(?)
なんだか、
高貴な雰囲気が漂っているので…


王室系


子どもたちと一緒に、
あれこれぶら下げて、
約1時間で、
なんとなく完成。


ツリーと拓郎


例年通り、
無骨なツリーである。
形の整ったモミの木じゃないが、
我が家の個性を象徴しているようで、
悪くない。

ライトアップした姿は次回。
今日は、
妻が留守だったので…。

余談だが、
TVモニターに映っているのは、
吉田拓郎さん。
娘と一緒に、
彼の“つま恋コンサート”の模様を堪能…。
“人間なんて、ララーララララ、ラーラ…”
は、なかったけれど、
“今日まで、そして明日から”
で、“大人の祭り”を締め括った。

悪くない…。


(飯村和彦)


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2006年09月28日

子供にとってHappy!とは?



やっと…である。
約1週間続いていた、
息子の咳。
高い熱が引いた後も、
激しい咳だけはそのままだったが、
やっと収まった。

一安心。
顔色もだいぶ良くなったし…。

今朝、
そんな息子を見ていて、
ふと、ある日の記憶が蘇った。


あの頃、息子と花


彼がまだ、2歳の頃。
二人で、
目黒区にある円融寺の境内を歩いていた時のこと。
「座って!」
と息子に促され、参道沿いの石の上に座った。
すると彼も、
私のすぐ隣の石にちょこんと腰掛けた。

で、何をするのかと思えば、何もしない。
ニコニコ笑っては足をぶらぶら。
ただそれだけ…だった。

息子がして欲しかったのは、
そうして一緒に座ること…だけだったらしい。
けれども、
そのときの、彼の嬉しそうな表情といったらなかった。

Happy…。
“彼の幸せは、至る所にあるらしい”

あの日、父親である自分が実感したことだ。
もちろん、
それは自分にとっても幸せな時間だった。

ただ、石の上に並んで座るだけで、幸せ…。

あのとき、
胸が熱くなり、
以降、それまでに増して、
息子の所作を見るのが楽しくなった。

しかし…、
内戦が続く国々では、
幼い子供たちが、
ライフルを構える"少年兵士”へと“成長”していく。
彼らにとって幸せって何?

Happy boy…。

うちの息子は、
きょう、元気に学校へいったはず。
そんな幸せを大事にしたい。
東京は、
久しぶりに快晴である。


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(飯村和彦)


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2006年07月06日

妻と息子と娘が渡米!



成田空港で見送り。
たった30メートル。
でも、
既に寂しがっている自分がいた。


2feba9d6.jpg


こんなとき、
家族の存在の大きさに、
改めて驚かされる。

たった2ヶ月。
…されど2ヶ月。
この夏、
子供たちはどんな変貌を遂げるのか?

自分が、
彼らと合流できるのは、
もう少し先(追記:約1ヵ月後にアメリカで…)のこと。
それまで、
ちょっとの間…Good by。


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(飯村和彦)


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2006年07月01日

図書館で「ダブル」を発見!



bf32b115.jpg「ダブル」は、日頃自分が行っている取材活動とは違い、
極めて私的な事柄から,
「家族」というものの在り方にアプローチした本だったので、
とても愛着がある。
そんな本が図書館の書棚に並んでいるのを見ると、
やはり、…嬉しい。


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(飯村和彦)


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2006年05月29日

出来立ての豆腐と子供と近隣



見て、聞いて、
触って、食べて…。

朝4時半に起きして、
子供たちと一緒に、
近所の豆腐屋さんへいった。


とうふ1


いつも食べている豆腐である。
それを誰が、どんな風につくいっているのか。
テーマは明快だった。


とうふ2


「いつでも見に来ていいよ」
豆腐屋さんは、二つ返事だった。
で、
実行に移したわけだ。


とうふ3


子供たち、
豆腐を固める「にがり」が、
“海からもの”だと聞いてびっくり!

そうそう、
親切な豆腐屋さんは、
豆乳をグラスに注ぎ、飲ませてもくれた。


とうふ4


出来上がっていく豆腐を眺めていると、
なぜか、安心感が沸いてくる。
日常生活の「基本」を見ているようなものなのか…。


とうふ5


「プリンより美味しい」
「甘いね」
「温かい!」

出来立ての豆腐をご馳走になったときの、
子供たちの感想だ。
分かりやすい。

「また、おいで…」
と、親切な豆腐屋さん。
「また、来るね!」
と、息子と娘。

子供たちは、近所付き合いが実にうまい。
なんでも自然にやってのける。
「打算」なんってもの、もっていないから…。

素敵なご近所さんが大勢いれば、
子供たちも、
安心して街を走り回れるというものだ。


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(飯村和彦)


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2006年05月25日

ワクワクして、待ちきれない?



たった数年前のことなのに…。
それが、
遥か彼方の出来事のように思えるときがある。
「子育て」とは、不思議なものだ。


救命胴衣


息子は、今朝5時半に起きだした。
そして、
来週行われる「移動教室(=宿泊学習)」に持参する品々を、
スポーツバックに詰め込んでいた。
まだ6日も先のことなのに、
居ても立ってもいられないらしい。

ワクワクして、待ちきれない…。
そんな心境になったのはいつだった?
息子が、
少しだけ、羨ましい。


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(飯村和彦)


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2006年05月07日

ヒップな「鯉のぼり」である



おとといで、
2006年の役目を終えた鯉のぼり。
「自家製!」である。



こいのぼり



5年前。
私、妻、息子、娘。
4人が勝手にデザインして、
思い思いに、筆で描いた。

この世に「我が家だけ」の鯉のぼり。
それぞれ、
勢いがあっていいでしょ?

来年の子供の日まで、good-by…。



(飯村和彦)


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2006年04月05日

最初に死ぬのは父さんだ!



「見る見るうちに…」、とはこのことである。
なにがといえば、
日々、大きくなっている、
プラティの子供たちのことだ。

生後2週間。
最初、
糸切れのようだった体形も、
既に、魚のそれになっている。


稚魚1


当初、「7尾ぐらいかなあ…」
と思って見ていたのだが、
個体が大きくなるにつれ、
観察できる尾数も増し、これまでに12尾が確認できた。
まだ、
カナダ藻の中に潜んでいるチビがいる可能性もあるので、
総数は、もう少し増えるかもしれない。

エサは朝晩2回、
パウダー状にして与えている。
当たり前のことだが、
早くも個体差が見られ、
仲間内で一番大きなものが、
その大きな口で、最初にエサをたいらげていく。


稚魚2


大きな口をしたデッカイ奴が、
断然早く成長する。
至極当然な話だ。

すると、
息子が、我が意を得た…、とばかりに「発言」した。

「うちの家族4人のうちで、
一番、最初に死ぬのは父さんだね


なんのことかと尋ねると、
息子曰く、

「だって、家族の中で、
口が一番小さいのは父さんだから」


これには家族一同爆笑した。
確かに、私の口は他の家族のそれより、
最大に開けても、
指の太さでいえば、2本分も小さい。
納得である。

ちなみに、
プラティの子供たちは、
陶器の中で成長している。
↓の写真で、ミルキーの後方に見える青い陶器がそれ。


ミルキーと魚鉢 (撮影者:娘)


当初はミルキーの反応も心配だった。
水面に上がってきた魚たちを「パクリ!」、
なんてこともあり得るから。

しかし、彼女の場合、
興味深く眺めるだけで、ちょっかいは出さない。
動くもの全てに手を出す彼女なのに…である。

まあ、
ときどき首を突っ込んで、
「水」は飲む。
だから、
「事故」が発生する可能性は否定できないのだが…。


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(飯村和彦)


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2006年04月01日

サッカー練習場で、娘。



娘サッカー場


兄が活躍する試合は、必ず見に行く。
妹の基本である。
妹は、毎回試合を見に行く。
だから兄は、毎回活躍するのだ。
いい兄妹である。


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(飯村和彦)

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2006年03月12日

春の海、爽快!




春の海。
とちらかといえば、
夏よりいい。
なにより、人が少ない。



春の海1



まさに、
ビーチ「独占使用」状態。



春の海2



水は確かに、
まだ、冷たい。
でも、
子供たちには関係ないようだ。



春の海3



ちなみに、
先日、多くのイルカたちが、
集団で浜に打ち上げられたのは、この海岸線だったはず。

地震、こないだろうなあ…。


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(飯村和彦)



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2006年02月26日

エネルギーの塊だ!



子供たちの熱気に圧倒された。
きのうは、
息子たちの「ドッジボール」大会。
遊びじゃない…ところがいい。

円陣組んで、
「気合」
を入れる。

オリンピックもいいが、
未来のアスリートたちの表情も真剣そのもの…。


円陣


ドッジボール…。
子供の頃、一時期熱中した記憶があるが、
これほど、
タフなスポーツだとは思っていなかった。
体力が落ちた証拠だなあ…。


ドッジ、投げる!


投げて、受けて、また投げて…。
一喜一憂しながら、
真剣勝負。
いいゾ! まったくいい。


体育館


今週末は、
取材で、
北海道の最果てに行く選択もあった。
けれども、
息子たちとのドッジボール大会の方を優先。
正解だった。

子供たちの懸命な表情を見ていると、
無闇に、
力が沸いてくる。

間違いなく、
子供たちから、
「力」というか「エネルギー」をたっぷり頂いた。


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(飯村和彦)



newyork01double at 12:00|PermalinkComments(10)

東京タワーのはずだ!



携帯写真の整理をしている。
放って置いた自分が悪いのだが、
これだけ(…かなり)溜まると、
ため息がでてしまう。

下の写真など、
どこで撮ったものなのか、
最近のことなのに忘れている。


東京タワー1


子供たちに聞くと、
「東京タワー」
との答えが返ってきた。


東京タワー2


東京タワーの展望台にある、
「真下の風景」
を覗く窓。そこから眼下を見たときだった。

しかし、
東京タワーなら、
一枚ぐらい、
東京タワー「そのもの」の写真があってもいいじゃない?
それがないんだなあ…。
我ながら、驚く。


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(飯村和彦)


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2006年02月22日

「ダブル」が東京ウィメンズプラザに!




ダブル表紙2



去年出版した写詩集「ダブル」が、
東京・青山にある、
「東京ウィメンズプラザ」の図書資料に加えられた。
図書資料室の入り口付近に、
ポップ付で、飾ってある。

悪くないなあ…。

もし、青山に行くようなことがあれば、
ここで「ダブル」を読んで、眺めて下さい!
場所は、“こどもの城”の近く、
国連大学の隣…です。



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(飯村和彦)


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2006年02月16日

猫のミルキー、版画になった!



ちょっとだけ自慢…。
息子の版画が、美術館で展示された。
図柄は、
当然のように、猫のミルキーだ!


乃亞たちのグループ作品


場所は、↓の美術館。
ルソーの絵画などが常設展示されている、
立派な美術館だ。


美術館



さて、↓が息子の版画。
猫の「ミルキー」と熱帯魚の「プラティ」らしい。
彫刻刀をはじめて握り、最初に彫った版画…である。


版画


おどけた表情をした、味のある猫になっている。
びっくり眼のミルキーか…。
あまり多く彫りこまず、「線」で描いてあるところは、
面倒臭がり屋の息子らしい。


作品多数グループ


この展覧会は、
小学校に通う子供たちの作品を集めたもの。
創造性に富んだ、素晴らしい作品が目白押し!

本来なら、
彼らの作品を、一点一点紹介したいところだが、
「ちびっこ芸術家」の権利を尊重し、
このブログへの掲載は控えた。

けれども、その雰囲気ぐらいは伝わった?
子供たちの作品は、
その視点もテーマも対象も…
実に興味深く、面白いものばかりである。


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(飯村和彦)

newyork01double at 10:18|PermalinkComments(15)

2006年02月14日

笛吹き童子だ!




廊下から、
軽快なメロディが流れてきた。
見ると、
息子が、
鏡に向かって、「たてぶえ」(リコーダーと呼ぶらしい)
を吹いていた。


笛吹き童子


上体を軽く反らせ、足でリズムを刻んでいる。
その姿は、
サクスフォーンを奏でるジャズミュージシャンのようで、
それなりに様になっていた。

鏡を見ながら、
指の動きを確認していたらしいのだが、
完全に、「自分の世界」に浸っていた。
それがいい。

しかし、私が写真を撮ったことに気付くと、
恥ずかしがって止めてしまった。
大失敗である。
まあ、それでも息子は、満足気に笑ってくれた。
とってもいい。

彼が演奏していた曲は、
「茶色の小瓶」。
6年生を送る会で、
みんなで合奏するらしい。

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(飯村和彦)


newyork01double at 11:26|PermalinkComments(14)

2006年02月13日

大人には真似できない創造性




それを見たとき、
一瞬、言葉を失った。
そして、
無性に嬉しく、感心した。

6歳になったばかりの頃、
「ひらがな」を覚えた娘が、
あるドリルに書いた下記の文言である。


娘のあいさつ!


見ての通り、
設問は、
絵に合った「あいさつ言葉」を、
例示されている中から選ぶもの。

ところが、娘はといえば、
そんな例示などお構いなしに、
絵を見て、
自分なりに、勝手に! 
文言を書き込んだのだ。

どうだろう?
どれもが絵にピッタリであるばかりか、
驚くほど創造性に富んでいる。

「やるなあ…!」
そして、
「参った」

それが父親としての私の感想だった。
子供の能力というのは、
計り知れない。

実際、例示されている「答え」より、
はるかに「絵」の内容を明快に説明しているし、
それよりなにより、
大切な「感情」が伴っている。

当然だが、
この回答に私は「花◎」をあげた。

けれども、
今の教育現場にあっては、
“設問にきちんと答えていない”という理由で、
この答えに、「×」をつけてしまう教師がいるかもしれない。

それを考えると、
「怖い」
本当に、怖い。

文部科学省によると、
「ゆとり教育」にかわる新指導要領のテーマは、
「ことばの力」
だという。
さて、どんな教育が行われるのだろうか。

私と妻は、
娘が書いたこのドリルを大切に保管し、
「タカラモノ」としている。

いつでも“自分なりの答え”を堂々と…!

型にはまらず、
いつまでも、
そんな子供であって欲しいと思っている。

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(飯村和彦)


newyork01double at 11:19|PermalinkComments(28)

2006年01月29日

彼がカメラマンです!



なんというか…
息子、
下のような感じで、バシバシと
写真を撮っている訳です。



カメラマンだ!



ちなみに、
この「息子の写真」を撮影したのは、娘です。
今度、
娘の作品集もアップしようと、
親馬鹿な私は考えています。

 …………

(飯村和彦)


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newyork01double at 21:24|PermalinkComments(12)

2006年01月25日

出発…それは少し死ぬこと




娘カメラ



「父さん…小指の横にあるのは、お兄さん指?」
眠りに落ちる寸前、娘がそう聞いてきた。
「それって、薬指だよ」
と、答えた。そして、続けた。
「お兄さん指は、人先指の隣で…」
けれども、娘は既に寝息を立てていた。

これが幸せ。
誰にも壊されたくない、
命がけで守るシアワセだ。

そのとき、ふいに最近見かけた文言を思い出した。

――出発すること。それは少し死ぬことだ――

『水と夢』より。
ガストン・ヴァシュラールの言葉だそうだ。

自分の横で、
満足げな表情で眠っている娘。
どんな夢を見ている?
彼女も毎日、新たな「出発」を繰り返す。
そして、その度ごとに「少し死ぬ」…のか?

春夏秋冬…
あと何度、自分は娘とその四季を共にできるのか…
きょうも晴天。気温、やや低し。

(飯村和彦)

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newyork01double at 10:52|PermalinkComments(8)

2006年01月13日

泣き叫ぶ子供を…「ダブル秘話」



親として、
勇気のいる行動の一つはといえば、
泣き叫ぶ子供の表情を写真に収めること。

これって、
想像以上に心的負荷がかかる。
実際、
心臓はドキドキするし、
焦るから手も微妙に震える。

だから、ごく稀にしか、
まともな写真が撮れない。
大抵は、手ブレが酷く、
ピントなどは吹っ飛んでしまう。



大泣きだ!



ならば、
どうしてそんな写真を撮る必要があるのか!
…との疑問をもつ向きもあるだろう。
子供が可愛そうじゃない! …とか。

しかし、
わが子の悲しそうな表情。
怒り心頭で喚いている表情。
寂しくてしくしく泣いている表情。
……

そのどれもが、
間違いなく“わが子”であり、
そんな「情態」にあるときの息子や娘の姿も、
しっかりとした形で、
自分の記憶に刻み込んでおきたいから。
そのための手段として写真を撮る。

ニコニコと笑い、
屈託のない表情をしているときの写真ばかりでは…、
つまり、
そのような情態ばかりに目を向けすぎると、
もしかすると、
子供たちが常に抱えている不満や怒りに対して、
親として鈍感になってしまうのではないか…、
という心配があるのだ。

そんなことって、ありませんか?
私は、とっても不安になる。

だから、
機会があれば、
すなわち、
その瞬間、いくらかでも心に余裕があるときだけ、
「ゴメン!」
といって、
泣き叫ぶわが子にカメラを向ける。

そして、
その後、しっかりと彼らを抱きかかえ、
「悪かったな…」
と声にだして謝る。
泣き叫びながら、親に何かを求めていた息子や娘を、
数秒でも、数十秒でも、
シャッターを切るまでの間、放置したのだから。

それで、また努力する。
そんなことを、息子や娘が思春期を迎えた頃まで、
続けていられることを。
「悪かったな…」
と、わが子に謝ることのできる親でいられるように…。

(飯村和彦)

ranking←ひと押し!

さて、明日はどんな一日になるのか…。


newyork01double at 11:48|PermalinkComments(28)

2005年12月31日

ダブルたち:「息子と娘」




大切な何か…
タカラモノ。



わが子!



未来。
自分の命と引き換えにできるもの。
戻らない時間。


走りたいと思える気力。
朝のサッカー。
逡巡する心。
弱さ。


…子ども


来年も、ヨロシクお願いします!
良い年をお迎えください。
…その人なりに。

(飯村和彦)

ranking←宜しく、お願いします!




newyork01double at 00:06|PermalinkComments(33)

2005年12月25日

聖夜の灯り




ツリーとろうそくの灯





   ……Happy Christmas night!



(飯村和彦)

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newyork01double at 23:17|PermalinkComments(10)

2005年12月13日

猫として、父として…「ダブル」秘話



猫のミルキーにとって、
果たしてそれは、歓迎すべき事態なのか?



ミルキーアップ



今夜、
子供たちがアメリカから戻る。
ミルキーにしてみれば、
およそ4週間ぶりの「再会」だ。

ところで、この4週間という長さは、
彼女にとってどれほどの時間感覚なのだろう?

きのうのことだ。
9匹もの猫と生活を共にしている同僚がいった。
「飼い主の顔、だいたい3日で忘れるでしょ」
本当かなあ…。
もしそうだとすると4週間、つまり28日ともなるいと、
絶望的じゃないか!



ミルキー、袋の中



では、私と2週間ぶりに対面したときの彼女はどうだった?
14日間、それでも私の顔を忘れるには充分な長さだ。

あのときミルキーは、
私が部屋へ足を踏み入れるなり、1メートル近くジャンプして、
飛びついてきた。
私としては、久しぶりの「再会」に、
彼女が歓喜しているように見えたのだが、違うのか?



ミルキーダンス



私たち家族全員が留守にしている間、
毎日我が家を訪れ、
彼女の面倒を見てくれた「娘の友達のお母さん」はこう言っていた。
「…ミルキー、寂しそうでしたよ」
そりゃそうだろう…と、私はすぐさま合点したものだ。

けれども、
猫は人ではなく「家」につく(…だったかなあ)、
とも聞くし、
その「娘の友達のお母さん」によれば、
その日最初のミルキーの反応は、日々おおむね一緒で、
私が部屋に足を踏み入れたときと、さほど変わらない。

つまり、
1メートルもジャンプして飛びついてきたからといって、
ミルキーが私の顔を覚えていたとは、到底いえないのだ。

寂しかったのは確かだろう。
彼女一人(一匹)で過ごす時間が長いのだから。
しかし、だからといって彼女が、
私たち家族のことを「記憶」していて、
その「不在」を淋しがっていたことにはならないのだ。

かまってくれる相手が欲しかっただけなんじゃないのか?



ランドセルの中



ここまで考えてみると、
どうしても「ミルキーの記憶」がどれほどのものなのか、
確認したくなるというものだ。

そこで一つ、思いついた。
娘だ。
ミルキーを、ことのほか愛するあまり、
ついつい度が過ぎ、
ときにミルキーから敬遠されることが少なくなかった娘に対して、
ミルキーは、どんな反応を示すのか?

これだ!
これしかない…。
ミルキーは娘を歓迎し、果たしてその「再開」に歓喜するのか?

(飯村和彦)





newyork01double at 10:08|PermalinkComments(21)

2005年12月07日

NY story:舞台「くるみ割り人形」




くるみ割りパンフ



この時期、
舞台といえばやはり「くるみ割り人形」である。
特に、ニューヨークシティ・バレイ団の舞台は、
歴史と伝統、
さらには、比類なき「壮麗で大掛かりな」舞台装置で、
他の追随を許さない。

はっきり言おう。
控えめに表現しても、
東京で公演されている「くるみ割り人形」の100倍(以上!)、
優れている。
芸術的に、物理的に…、違い過ぎる



リンカーンセンター



さて、
妻(…一応、ニューヨーカー)は、
子どもの頃、両親と共に毎年、その舞台を観ていたらしい。
で、今は妻と妻の母親が、
毎年、子どもたちをリンカーンセンターへ連れて行く。

面白いのは、
舞台から子どもたちが受ける印象が、
年毎に違ってくることだ。
基準(=毎年同じ完成度の舞台)が一定なだけに、
彼らの受ける印象の差異は、
そのまま子どもたち自身の「成長」を意味する。



くるみ割り舞台



例えば、
前の年には、
巨大で煌びやかなツリーのセットに魅せられていた彼らが、
翌年になると、華麗なダンスに目を見張るようになる。

妻の母親が、毎年毎年、
子どもたちを「くるみ割り人形」に連れて行く理由は、
きっと、そんなところにあるのだろう。
もちろん、
なんど観ても、そのたびに新しい発見がある、
舞台そのものの「奥深さ」があってこそ…、ではあるのだが。

(飯村和彦)







newyork01double at 14:27|PermalinkComments(25)

2005年12月04日

NYからアーカンサー州「山篭り」



メンフィスから車でアーカンサー州へ。
ミシシッピー川を渡って約3時間。
目的地は、メルバーンという人口1200人ほどの小さな街。



ミシシッピ川



山小屋(風…住宅)
ここが創作活動の場所であり、
家族が「ワイルド」になれる(=慣れる)場所。



山小屋



マシュマロを焼いて…。
最近、東京でもこの光景は見る。



マシュマロ



一日中、焚き火の火は絶やさない。
これは、息子が決めたこと。
朝一番、墨をチェックするのも彼の仕事だ。



焚き火



山小屋の前を流れる(…筈)のクリーク。
だが、水枯れの時期。
よりて、娘は「バランス」の練習。



ブリッジ



知人宅の窓辺。
青のボトルが美しい。



青のグラス



12月6日には、帰郷。
みなさんへのコメントバック、この日から再開できると思います。
申し訳ありません。

(飯村和彦)





newyork01double at 09:28|PermalinkComments(6)

2005年11月22日

東京story:「ダブル」秘話〜アルバムの意味〜



深夜、突然クローゼットの中をかき混ぜるはめになった。
読みたい資料がなかなか見つからない。
書類は「横に、横に」並べるように保管すべきなのに、
ついつい「上へ、上へ」積み上げてしまう。
これだから、いくら時間があっても追いつかないのだ。

その上、
追い討ちをかけるように、古いアルバムが目に入ったりするからいけない。
誰だって作業を中断するだろう、この場合…。

仕方なく、布地のカバーを開いてみた。で、またボーッと考える。

ある年齢になって写真を眺めると、
幼い頃の自分が、どんな顔で何をしていたのか…を楽しむのではなく、
幼い自分と一緒に写っている、
父や母の「若い姿」に目を奪われるようになんだなあ…と。



息子とベンダー2



ということは、つまり、将来確実に、
「あれ、父さん若いなあ」とか、
「母さん、イケてたね」
というような会話を、息子と娘がするということだ。

おまけに、そんな言葉を交わしている彼らのひざの上には、
おのおのの息子や娘がのっていることだろう。
「これがグランパで、これがグランマ?」



娘とヘリ2



いやはや、まいったなあ。
つまり、子どもたちと一緒に写真を撮るときは、
シャン!としていないといけない。そういうことか?
違うな、そんな親を自分が見たいとは思わないから。

(飯村和彦)





newyork01double at 04:03|PermalinkComments(21)

2005年11月18日

東京story:ダブル秘話〜胸の中のライオン〜



空気が乾燥してきた為だろう、このところ、
子供たちが、「ゴホゴホ」を繰り返している。
そろそろ加湿器の助けが必要な季節だ。

彼らの「ゴホゴホ」を耳にするたびに、思い出すことがある。
息子がまだ、1歳半ぐらいの時のある彼の言葉だ。

確か、寒さの厳しい12月末の晩ことだったと思う。
その日、息子は風邪を少しこじらせたらしく、
午前中から、切れの悪い「ゴホゴホ」を繰り返していたという。
これは、妻からの報告。
案の定、夕方になるとその「ゴホゴホ」はさらに悪化し、
私が帰宅したころには、
聞いていて不安になるほど、「湿った音」になっていた。



息子と米粒



熱は38度弱。
とはいっても息子自身は、時に咳き込みながらも、
普段と同じように積み木を積んでは、ミニカーをぶつけて遊んでいた。
妻によると、
電話で医師の判断を仰いだところ、
「一晩様子をみて、咳がもっとひどくなる様だったら、
朝一番に病院に来るように」とのことだったらしい。

そして翌朝、明け方近く。
息子の湿った咳は、「ゴホゴホ」ではなく、
「ゼーゼー、ゴーゴー」という嫌な音に変質した。
小さな胸に耳を当ててみると、
中からは、風が舞っているような鈍い音が聞こえてきた。
それが、息を吸うたびに繰り返えされる。

「病院へ行こう」
そう判断して、息子を抱きあげようとしたときだった。
「ここにライオンがいるみたい」
と、彼がいった。
息子には、胸の中で渦巻く音が、
ライオンのうなり声に聞こえていたらしい。
そういうなり息子は、ニコッと笑った。
その笑顔が、
私たち夫婦をどれだけ安心させてくれたことだろう。

結局、病院で診察結果は、気管支炎の初期症状。
薬を飲ませると、その日の午後には症状も治まった。
しかし、こうも考える。
息子の胸の中からライオンを退治したのは、
薬ではなく、彼自身じゃなかったのかと。
それぐらい、息子は落ち着いていたのだ。

(飯村和彦)






newyork01double at 12:20|PermalinkComments(24)

2005年11月14日

東京story:図書館からの葉書




ダブル表紙



茨城県立図書館から、「ダブル」を蔵書に加える、
との葉書きが舞い込んだ!
これ、私にとっては最高に嬉しいこと。

著者としては、勿論一人でも多くの方に購入して欲しいのですが、
そうはいっても、“お金を出してまで…”という買う側の気持ちも分かります。
私自身、本を一冊買うには、それなりの「決断」を要していますので。

そこで図書館が活躍してくれるのです。
誰もが、気軽に、気になった本を手にできる図書館は、
読者の強い味方であり、私のような著者の「保護者」でもあるのです。
おまけに、最近の図書館は結構充実しています。

みなさん、
本を買う前に、一度と図書館を有効利用することをお勧めします!
以上、報告でした。あしからず。


(飯村和彦)





newyork01double at 21:08|PermalinkComments(11)

2005年11月08日

東京story:「ダブル」秘話〜言葉〜




菊と息子



子どもたちの成長を見守る親として、
まず、最初に悩んだのが「言葉」

私は日本人。
妻はアメリカ人。
親としては、どちらの母国語(=文化)も、
同じように習得して欲しいと願うもの。

子どもの頭脳は、柔軟性があるので、
放っておいても、
それぞれの親の言葉を自然に使えるようになると思いがち。
ところが、
そう簡単なことではない。

もちろん、
両親が単一の母国語の場合よりは、
二ヶ国語を上手に使えるようになる確率は高い。
が、それとて、
親が、適宜に子どもと接することができての話。
ランダムに英語と日本語が飛び交う環境だと、
言葉を覚えようとしている子どもが、混乱するらしいのだ。

そこで大切になるのが、英語と日本語を使う状況の線引き。
ある家庭は、家の外と中で、
またある家庭は、家と学校でというように分けたりする。
例えば、日本語は「家の外の言葉」、英語は「家の中の言葉」
という具合だ。

ところが我が家の場合、
私の英語は、母国語の日本語にかなり劣るし、
妻の日本語も、母国語の英語に比べると不完全だった。
となると、家の外と中でというような分け方は得策じゃない。

ならば…、ということで考えたのが、
「父さんの言葉(日本語)」と「母さんの言葉(英語)」
という線引き。
なんだ、よくある方法じゃない…、と思うかもしれないが、
多くの場合、その線引きが曖昧だったりする。
実は、この曖昧さが子どもを混乱させるのだという。

子どもが「ものを考える」ようになっていく過程で、
重要な役割を果たすのが言葉。
言い換えれば、
子どもは(もちろん大人もそうだが…)、
「考える」という作業をするために、きちんとした言葉を必要とする。
その言葉が、最初、英語なのか日本語なのかは、
子ども本人が自然に選択するらしいのだが、
専門家にいわせると、
それが曖昧だと、思考過程で、混乱が生じる可能性があるのだという。



息子と救命胴衣



ということで、我が家の子どもたちは、
最初、「母さんの言葉」でものを考えるようになった。
乳幼児の時期、母親との時間が多かったので自然な流れ。
そして次に、
その「母さんの言葉」を基準に「父さんの言葉」を覚えていく、
という経過を辿っている。

まさに言葉の追いかけっこだ。
結果、あっという間に、
父親、母親は幼い子どもに追い越されていく。

息子がまだ3歳にもならない頃、
母親の言葉(英語)を聞くなり、すっとこちらを振り向いて、
日本語で、その母親の言葉を私に伝えてくれたことがあった。
確か、
「Please, eat!」のような簡単な表現だったが、
間に入った息子に、「食べて!」と通訳されたときは、
なんというか…、頬が緩んだ。

(飯村和彦)





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